創作怪談 『森の誘い』

大学のサークルで仲良くなったメンバーとキャンプへ行くことになった。
目的地は有名なキャンプ場だ。
美しい自然が広がり人気の場所だが、その一方で、数々の怪談話がある。それが相まってさらに人気があるのだが……

参加したのは、私、繁先輩と、その彼女の遥香先輩、後輩の大翔だった。

到着した初日、オフシーズンだったこともあり、人はまばらだ。
早速テントを張り、散歩に出かける。
木々が生い茂る森の中は静寂に包まれ、風が葉を揺らす音だけが聞こえる。
森と言ってもある程度道が整備されていて、思っていたより歩きやすい。

夕方、焚き火を囲みながら夕飯を食べた。
みんなで作ったカレーを楽しんだ。
その後、お酒やコーヒーを飲みながらゆったりと話していたが、いつの間にか怖い話になっていた。

男3人の話を聞いていた遥香先輩が口を開く。
「『囁く木』っていうのがここにあるらしいよ」
「何それ?」繁先輩がそちらに顔を向ける。
「夜になると、その木が気に入った人を呼び寄せるんだって。呼ばれて森に迷い込んだ人は、二度と戻ってこないって話」
「へ〜」私は初めて聞いた話だった。
「確かにここ、行方不明者出たりしてるらしいっすもんね」大翔はそう言った。
「え?まじ?」先輩も知らなかったらしい。
「はい、年に1人ぐらいかな?どうも立ち入り禁止の場所に入って行ったらしくて」
「あぁ、確かにあったな」
昼間、森の中を散策した時に確かに1部立ち入り禁止の看板と、柵があったなと思い出す。
「うん、そんな話からできた怪談だと思うよ」遥香先輩はそう言って話を締めくくって、別の話に移る。

夜も更けて、各自テントに戻ることにした。

物音で目が覚めた。
スマホを見てみると、まだ起きるには少し早い時間だ。
どうやら、隣の大翔のテントから聞こえてくる。足音が聞こえてきた。
トイレか?そう思っていると、なんだか私も行きたくなったので、外へと出る。

大翔の後ろ姿が見える。だが、トイレとは逆方向だ。
寝る前に怪談話なんかをしていたからか、なんだか不安になった。彼の背中を追いかける。

どんどん森の奥へと歩いていく。おかしいと思い、声をかけたが、大翔は止まらず歩き続ける。
走って追いかけ、彼の肩を掴むが振り払われる。前に回って立ちはだかる。彼の顔を見ると、目に生気はなく、焦点が合っていない。
道を塞ぎ彼を止めようとするのだが、物凄い力で押されてコケてしまった。

どんどんと森の奥へ進んでいき、立ち入り禁止の柵も越えて歩いていく。持ってきていたスマホで、先輩に電話をかけながら、後を追う。

「おい……なんだよ……」意外と早く電話を取った先輩は寝起きのガラついた声でそう言った。
「すみません、先輩、大翔の様子がおかしくて、今立ち入り禁止の所に入ってったんですよ」
「……はぁ?」
「わかんないんっすけど、声掛けても反応なくて……」
「とりあえず、森だよなそっち行くわ」
そう言って、電話を切る。

相変わらず、大翔は歩いている。立ち入り禁止区域は一本道で、草木が生い茂り、歩きづらい。スマホのライトで照らしながら追いかける。大翔は明かりも何も持っていないのに、行先が分かっているかのように、スイスイと歩いていく。所々、小さな石碑のようなものがある。

しばらく歩くと、一際大きな木が見えてきた。根元には道中で見たような古い石碑のようなものが無数に立ち並んでいた。

大翔はその木に近寄り、虚ろな目で木の幹に触れている。私はその様子がなんだか不気味に見えて、立ち尽くし見つめることしか出来なかった。
どれくらいそうしていただろうか、
「おい!」
ハッとして振り返ると、繁先輩だった。その後ろには心配そうな顔をしている遥香先輩もいる。
「先輩……」掠れた声でそう言うしか出来なかった。
「大丈夫か?」
「あ……大翔が……」大翔の方を指さす。彼は変わらず、虚ろな目で木の幹に触れている。2人はその様子を見て、不気味がっている。
「おい、大丈夫か?」

繁先輩が、恐る恐るといった感じで声をかけてみても、なんの反応もない。腕を掴み引っ張り振り向かせる。変わらず虚ろな目をして、木を触ろうと手を伸ばす。それを無理やり連れ帰ろうと引っ張る。私も手伝い、2人でどうにかしようとするのだが、かなりの力で暴れて抵抗される。どうにか木の方を向かないように抑え込むことしか出来ない。

そんな様子を見ていた遥香先輩が近寄ってきた。
「おい!危ねぇから!」
繁先輩はそう叫ぶが、遥香先輩は構わず近寄ってきた。そして

パシッ!

鋭い音が響く。

「……痛っ!」
大翔が叫ぶ。
遥香先輩が彼の頬をはたいたのだ。
どうやら正気に戻ったらしい。
「とりあえず、早く戻ろ?」
遥香先輩はそう言った。

無事キャンプ場へと戻り、私が見た大翔の様子を話す。本人は全く記憶にないらしい。
「あんまり覚えてないんですけど……なんか声が聞こえた気がして……」
「声?」
「こい、こいって……気がついたらめっちゃほっぺ痛かったっす」言いながら頬をさする。
「ごめんね?なんか、やらなきゃいけない気がして」遥香先輩は苦笑いをしながらそう言った。

「遥香が話してた話みたいだな……」繁先輩はそう呟いた。その後はもう夜明けが近い時間だったこともあり、4人で喋りながら過ごした。

太陽が昇りきる前に、テントや道具を片付け、そのキャンプ場を後にした。

もちろん、そこには二度と行かなかったし、キャンプにも、森に入るようなことも避けるようになった。そのキャンプ場では、その後も相変わらず、行方不明者が出ているようだ。

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