創作怪談 『海の精霊 前編』
まさに、海岸沿いの町だな。
車からの景色を眺めながら、蓮はそう思った。
海の水面は太陽の光を反射しキラキラと輝いていて、漁港には漁船が停泊していた。
漁業が盛んな小さな港町で、特に観光地というわけではないが良いところだからと、この町の出身だという友人と、もう一人(無理やり連れてきた)で三人でやってきたのだった。
美しい海と新鮮な海の幸で知られているが、交通の便が悪いのか宿泊施設が少ないからか、観光客は少ないらしい。
三人とも特段、どこかへ行きたいわけではなかったし、観光地巡りをするタイプでもない。
ただ、大学の長い夏休みをゆっくりと過ごしながら、何か夏らしい思い出も欲しいと、この町にやってきた。
到着したのは昼の2時ごろで、途中休憩を挟みながらだったとはいえ、朝早くから出発してこれとは本当に田舎だなと思いつつ、蓮は荷物を下ろす。
宿は友人の親戚の家で、数歩歩けば海という場所にある一軒家だ。民宿のようなこともやっているという日本家屋で、かなり広い。
雑魚寝で申し訳ないと言われ案内された部屋は、三人で過ごすには広すぎるくらいのいい部屋だった。部屋の窓からも海が一望できる。
早速、荷物を置いて、海を見に行こうという話になり、海へと向かう。
近所の子どもたちはここで遊ぶと言い、連れてこられた場所は、ごつごつとした岩が重なり合ってできた岩場だった。
所々に潮だまりができており、そこでは確かに小中学生ぐらいの子どもが数人遊んでいる。
知り合いの子も何人かいるようで、友人の名前を呼び、手を振っていた。
子どもたちに混ざり遊んでいると、日は落ち始め、子どもたちは帰る時間のようだった。
無理やり連れてこられたはずの友人は、なぜか異常に子どもたちになつかれ、明日も遊ぶ約束をしていた。
子どもたちが帰った後も、三人でだらだらと潮だまりに足を浸けつつ喋っていると、一人の老人がやってきて、早く帰れと急かしてくる。
どうやらよくいる近所のお節介な老人らしく、友人が苦笑いをしつつ「まだ生きてたんだ」と言ったが、その声が聞こえたのは、隣にいた蓮だけだったようだ。
老人は「この町では、夜に海には近づくな」と方言のせいで正確にはわからなかったが、そのようなことを言っている。
確かにもう遅いし帰るかと、帰宅することにした。
民宿へ戻り、既に準備されていた夕飯は海鮮料理が中心で、海の幸を堪能することができた。
そういえば、と先ほどの老人について聞いてみる。
近所に住んでいる老人で、毎日夕方になると海で遊んでいる人に注意して回る有名な老人らしい。
友人が小さなころからああやっているというと、親戚のおじさんも子どもの頃に注意された思い出があると笑っていた。
「まだ生きていたのか」という言葉の真意が分かったと一人納得していると、おじさんがこの町に伝わる伝説のようなものを聞かせてくれた。
この町の海には、精霊がいる。
見た者を魅了し、海底に引きずり込む。
夜はその海の精霊の時間だから、この町の人間は夜には海岸に近づかないようにという決まりがある。
昔は何人もの人間が海や海岸で行方不明になっていたので、その精霊を恐れ祀っていたのだが、時代が進む事に、その精霊は豊漁の神のような存在になって、毎年決まった日に祭りも行われているそうだ。
友人はこの話をいつも、子どもに言い聞かせるためのおとぎ話として聞いていたらしい。
続けて、おじさんは、近所の悪ガキたちが時々ふざけて海に行っているが、この町では夜の海での事故が多いのも確かだから気を付けろ、と注意された。
蓮も友人二人もそんなに冒険心があるタイプではないし、オカルトや心霊現象にも特に興味はなかった。
なので、夕飯の後は風呂に入り、この町に来るまでの道中で買ったお菓子食べ、酒を飲みつつ持ってきたボードゲームに興じていた。
そんなこんなしているうちに、時間はあっという間に過ぎ、いつの間にか日付が変わっていた。
さすがに長旅の後に子どもたち海で遊び疲れたので、そろそろ寝るかと布団を敷き、眠りについた。
ふと目を覚ますとまだ辺りは暗く、静かだった。
海が近いこともあり、波の音が鮮明に聞こえる。
その音を聞きながらもう一度眠りに就こうとしたとき、
パチャッ、パチャッ
と何かが水面を叩くような音が聞こえてきた。
水たまりを歩いているような音だと蓮は感じた。
気にはなったが、お酒を飲んでいたせいだろう、瞼はゆっくりと閉じていった。
続く
続きが出来ました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?