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優先席という名の戦場

「妊婦」という新しい視点を授かり、
日常の景色が、少し違って見えてきた。

それによって、考えさせられることがたくさんあり、
そのことが、面白くある一方で、疑問に首を傾げたり、
憤りを感じたりすることがある。

その、一つが優先席でのふるまいだ。

妊娠初期は、お腹が目立たず、外目には妊婦とわからないものの、
最も流産の危険性が高く、気をつけねばならない時期だ。

そのため、マタニティマークを身に付けることが、推奨されている。

私も一応携帯しているが、
マタニティマークを免罪符のようには使用したくない。

実際、マタニティマークをつけている人への悪意ある体当たりや、冷たい視線を経験した友達からは、優先席に座っている時だけ出した方がいいよ、とアドバイスされた。

そう思いながらも、やはりマタニティマークをつけている以上、少しでも座れる確率の高い優先席に足が向かう。

席は全部で8席。
1番奥には、いかにも仕事ができそうな20代のサラリーマン男性が、
ゲームに熱中している。
その向かいには、サングラスをかけた若いお姉さん。
あとは40代50代の主婦が、
どでんと座っていた。
マタニティマークをつけたわたしは、
優先席の前にたったら、
まるで席を譲れと無言で威圧しているようで、
はたまた通常座席の前に立てば、
空いてる優先席の方に行けよ、
と思われるのではと、どちらからも
離れたところに立っていた。

次の駅に着くと、たまたま優先席が空いたので、そちらに腰かけた。

そのまた次の駅。
白髪のおばあさまがキャリーを引いてご乗車されたので、
隣に座っていたご婦人が席を譲られ、
次の駅で降りて行った。

それと交代に、80代と思しき、足取りがやや不安定な老紳士が乗車された。
わたしの列ではなく、
向かいの座席の前にたった。

その瞬間、50代の主婦たちは、
おもむろに目を閉じ、
あたかも眠っていて気がつきません。
というふうに、無視を決め込んだ。
1番奥のサングラスのお姉さんは、全く眼中にも入っていないようだ。

わたしはハラハラして、
同じ列に座っている
20代の若いサラリーマンと、
隣に座る50代主婦をちらりと見た。

席を譲る気配は全くない。

ええい、こうなったら私が!
と思い立つも、マタニティマークをつけた私が席をゆずって、前にたったら、気まずいのでは?
そんな事が頭を去来して、一瞬悩む。

その隙に、
なんと先ほど席を譲られていた、
白髪のおばあさまが、
席を譲ろうと立ち上がったのだ。

まずい!私はすぐ腰を浮かせたが、
驚いたことに、立っていた老紳士は、サングラスのお姉さんの前に立ち、
「すみませんが、席を譲っていただけませんか?」とはっきり言ったのだ。

優先席に緊張が走った。
(しかし、私の横の20代の若いサラリーマンはゲームに夢中で気がついていなかった。)

「どうぞ。」
サングラスのお姉さんが席を立ち、老紳士が安堵の表情を浮かべて席座った瞬間、その足元に、

ドスンッ!
と持っていた荷物を叩きつけた。

こんなに重いもの持ってんだよ!そんなあたしに席譲らせていいと思ってるわけ?

とでも言いたげである。
そんな事件が真横で起きているにも関わらず、隣の主婦3人は、
相変わらず目を閉じ、時々、半目で様子をうかがいながら、
我関せずの姿勢を保っていた。

私は、なぜだか、
とても傷ついてしまった。
席を譲ることって、そんなに難しいことだろうか。
マタニティマークは私の足かせになっている…

そして、去年の秋に旅した、
プラハのバスや地下鉄の情景を思い浮かべた。

プラハっ子がみたら、どう思うだろう?

かわるがわる席を譲り、譲られ、
ありがとうと気持ちよく座る。
子供も、大人も、外国人に対しても自然とやってのける。
そのさり気なく、
けれど人々の意識に深く浸透した譲り合いの精神に、いたく感激したものだった。

私は日本を過大評価していた。

美しく着飾ったマダムたちが、
おもむろに瞼を閉じた時、
私は、世にもみにくい心を見てしまった気がして、吐き気をもよおした。

仕事が出来そうな、働き盛りのサラリーマンも、
自分ほど疲れている人間は、座って然るべきだと、頑として動かない。

大抵席を譲ってくれるのは、
優先席に座るべき老人や、同じ妊婦同士か、席を譲られて助かった!という思いを一度でも経験した人たちだ。

もちろん、ひとくくりにして語るには、少々乱暴すぎるが、
プラハで当然のように行われていたことが、日本でできないはずがない。

私は、乱れた心を深呼吸で整え、
まだ全く膨らみのないお腹に手を当てた。

まずは、この子から。
あなたがお腹にいる時、
いろんな人が席を譲ってくれたのよ。

そう語りかけてみよう。

その時、私の心はぽかぽかして、
優しい気持ちに包まれた。

だからね、
私も、誰か困っている人がいたら同じことしたいと思ったのよ。
あなたも、試してみて!
すごく幸せな気持ちになれるのよ。

それが、今の私にできることだ。

麻佑子

#日記 #エッセイ #育児 #子育て #マタニティ

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