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届きそうで届かない。もどかしくて眩しい恋を描いた『リコリス・ピザ』

 知らない街、知らない時代を舞台にした映画なのに、不思議と懐かしさを感じる。それが『リコリス・ピザ』だ。

 物語の舞台は、1970年代の​​サンフェルナンド・バレー。高校生のゲイリーと10歳上の女性アラナの関係を描いた恋物語。演じたのは三姉妹バンド、ハイムのアラナ・ハイムと、故フィリップ・シーモア・ホフマンの息子クーパー・ホフマン。どちらもこれが映画デビューである。そんな二人を、ショーン・ペンやトム・ウェイツ、ブラッドリー・クーパーなどの名だたる俳優が脇を固め、実在の人物をモデルにしたクセのあるキャラクターを演じている。

 観賞後、あまりの甘酸っぱさに叫びたくなった。近いようで遠くて、近づきそうで近づけない二人の関係性。もどかしくて、可笑しくて。瑞々しくて眩しい。あまりの眩しさに心が浄化されるようであり、青春を思い出すようで照れくさい気持ちも入り混じる。

 この映画、どこを切り取ってもにんまりしてしまうほど良い。冒頭の二人の出会いのシーンからずっと最高だ。中でも走るシーンは特に印象に残るのだが、それもそのはず、この映画では走るシーンが多く登場する。その爽やかさたるや。どれもマスクの下でにやけてしまうほどの眩しさだった。

 派手な展開や演出はない。淡々と日常を描いている。二人の男女の、くっつきそうでくっつかない様子を延々と見せているような映画なのに、飽きないどころかずっと見ていられる。それはまるで、この街に、この時代に、自分がトリップしたかのような吸い込まれ感である。

 物語の核となるのはアラナとゲイリーだが、周囲のキャラクターも際立っている。特に実在の人物をモデルにしたキャラクターのクセの強さったら。そんな人物を演じたショーン・ペンやトム・ウェイツ、ブラッドリー・クーパーの演技は見ものだ。いちいち笑ってしまうほど可笑しい。

 実在の人物をモデルにした登場人物がいたり、実際にあったお店が出たり。ポール・トーマス・アンダーソンが目にしたもの、耳にしたエピソードなどが盛り込まれているし、主人公の二人も監督と関係のある人物だったり。なんだかポール・トーマス・アンダーソンの私的な部分に触れているようでもある。

 こだわり抜かれた音楽や、その時代らしい衣装とナチュラルなヘアメイク。映像の空気感やカメラワーク。映画の雰囲気が丸ごと素敵なのがずるい。全てを丸ごと愛せる映画だ。

 ちなみにタイトルの『リコリス・ピザ』とはなんだろうと思っていたら、劇中では一切出てこなかった(パンフレットには記載あり)。

 この映画、今年のベストになるかもしれない。



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