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【#シロクマ文芸部】走馬灯

 振り返ると、呪われたような人生だった。
 私は生まれつき、コミュニケーションや感情をコントロールするのが苦手で、よく怒ったり泣いたりしていた。
 オムツを卒業するのが遅く、トイレにもうまく行けなかった。
 漏らして出たものをこっそり隠したのを思い出す。
 よく親に怒られて、家を追い出された事もあったっけ。
 だから、自分を悪魔の子と思い込んでいた時期もあった。
 そしたら、親にビックリするぐらい怒られた。
 よく空想の世界に入るのが好きだった。
 これは単純に顔やスタイルの良し悪しだけではなく、何というか……そっちの世界がリアルだと思い込んでいた。
 だから、三次元と二次元の顔を見て、「なんでこんなに顔が違うのかな」と純粋に思った事がある。
 初恋も二次元のキャラクターだっけ。
 小学三年生くらいの時にはあるイケメンアイドルと妄想デートもしていたっけ。
 ショッピングモールの中で「愛してるよ!」と純粋無垢で言っていた自分が懐かしい。
 小学生の時はワガママな性格が災いして、同級生からよく嫌われてられていたな。
 親も先生も問題児として見ていたから、居場所がなかった。
 思えば、あの時期から私はますますアニメの世界に没頭していく事になった。
 頭の中では、自分が大好きな世界で、大好きなキャラと一緒に冒険したり、お買い物したり、食事をしたり、寝たり、恋をしたり……幸せな毎日を過ごしていた。
 一方、現実では真っ反対な生活を送っていた。
 むしろ悪化してきたと言ってもいいだろう。
 両親は歳を重ねる度に口喧嘩が多くなり、1週間も険悪な雰囲気が続く事もあった。
 優しかった祖父母が認知症になり、私の顔も名前も忘れてしまった。
 兄がブラック企業で精神を壊してしまい、支離滅裂な発言や言動を繰り返すようになった。
 姉はホストに金を貢いで、売掛金を払うために立ちん坊しているし。
 こんな劣悪な環境が現実な訳ない――そう思っても、肉体はここにある訳だから、もどかしくてしょうがなかった。
 そんなある日、私はあるキャラに出逢った。
 一目惚れだった。
 容姿、性格、すべてパーフェクト。
 彼の活躍を見る度に心がときめいた。
 彼を考えない日はなかった。
 彼を愛していた。
 彼と一つになりたいと思うほど。
 彼に逢いたい。
 彼に逢えたらどれほど幸せか……そう思う度に、私は今いる世界を憎んだ。
 どうすれば、彼と一緒に暮らせるか。
 ネットで調べても、信憑性のないものばかり。
 だから、思い切って覚悟を決めた。
 どうせこのまま現実を生きても、ロクな未来しか待っていない。
 さようなら……

 そう書き残して、マユミは死んでしまった。
 この遺書を見て、私は何を思えばいいのだろうか。
 推しを愛し過ぎてしまった彼女がその世界に行きたいがあまり取った行動が、この現実 世界を断つという事が、どれほど恐ろしい行為なのか、彼女は理解していたのだろうか。
 確かに初めて会った時は熱狂的なアニメオタクだと思った。
 彼女の部屋に行った時(確か彼女以外家に誰もいなかった時)も、推しのキャラグッズでいっぱいだったから。
 けど、まさか転生したいほどまでとは思わなかった。
 私は彼女の何だったのだろう。
 私とはどういう気持ちで付き合っていたのだろう。
 でも、私の机の下に入れていたという事は、一応信頼があったのかな。
 そう思っておこう。

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