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『転生しても憑いてきます』#12

 不意に目が覚めた。
 いつの間にか布団がはだけていて、身体が冷えていた。
 身体を擦っていると、ベッドが空な事に気づいた。
 窓はまだ暗い。
 時計の針は五時を指していた。
 これを見た僕は変だなと思った。
 なぜならこの時間帯はとっくに朝の鍛錬をしている時間だからだ。
 寝坊しようものならビーラが冷水をぶっかけるはずなのに、今日はそうせずに行ってしまった。
 あまりにも熟睡し過ぎて、腹立って独りで始めてしまったのだろうか。
 いや、何がなんでも規則通りにやるエルフだから、それはない。
 じゃあ、ビーラはどこに行ったのだろう。
 僕はウーンと考えていると、ふとある違和感に気づいた。
 起きた直後から妙に感じていたが、何となく部屋全体を眺めていた時に、判明した。
 アイツがいないのだ。
 いつも僕の近くで殺すタイミングを伺っていたアイツが、突然姿を消したのだ。
 何か嫌な予感がした。
 ビーラが何も言わずに出て行った事とアイツが消えた事が関係してならなかった。
 僕はすぐさま外に出て、彼女を探し始めた。
「ビーラさーん! ビーラさーん!」
 僕は何度も彼女の名前を叫びながら屋敷中を走りまわった。
 途中、メイドや母が寝ぼけ眼で事情を聞こうとしたが、無視して中庭に出た。
 でも、彼女はいなかった。
 屋敷の外にある小さな森に行った。
 ビーラと弓の特訓をしている場所だ。
 駆け足で向かう。
(どうかご無事で)
 心の中でそう祈りながら走っていると、所々穴のあいた木を見つけた。
 どれも先が見通せるほど貫通していた。
 その穴を見て僕はビーラが放ったものだと分かった。
 ゴリマッチョベアを倒した時、額が貫通しいたのを思い出したからだ。
 もしかして、アイツと戦っていたのだろうか。
 いや、アイツは僕以外見えないはず。
 とするならば、ビーラは一体なんで矢を放ったのだろうか。
 そんな疑問を抱きつつ駆けていくと、いつもの弓の稽古場に着いた。
 木や的が穴だらけで、木の枝も折られたりと悲惨な状態になっていた。
 ここにもビーラはいなかったので、そこから先に進んでみる事にした。
 鳥が不気味に騒いでいる木々の間の小道を進んでいく。
 ここにも貫通していた木が見つかったので、それを頼りに推測しながら歩いていると、開けた場所に出た。
 景色を見た瞬間、息が止まりそうになった。
 ビーラは大木の枝に吊るされていた。
 いや、絡まっているという言い方があっているかもしれない。
 手脚がつるのようなもので縛られていたからだ。
 正面から見たビーラは惨憺さんたんたる有り様だった。
 衣服は所々破け、足の爪先や手先から血が滴っていた。
 顔はうつむいていたが、どんな醜態になっているかは想像がついた。
 僕は何もできなかった。
 一瞬で冷凍されたかのように、身体が言うことをきかなかった。
 ただ宙ぶらりんに無気力になっているビーラを見る事しかできなかった。
「……ビーラさん?」
 もう手遅れだとは分かっているけど、か細い声で呼んでみる。
 やはり、反応がない。
 なぜ死んだのだろう。
 なぜ死んでしまったのだろう。
 もしかして、賊か魔物かが来て、屋敷に忍び込んできたのではないだろうか。
 そんな淡い期待をしていた時、突如深閑しんかんとした森に不釣り合いな高笑いが聞こえた。
 やはりそうかと思い、周囲に敵がいないか警戒しながら詠唱態勢に入った。
 いつでも魔法を唱えて、賊か魔物を倒せるように構えていた。
 が、一向に人の気配を感じる事ができなかった。
 背後でクスッと笑い声がした。
 バッと振り返ると、アイツが立っていた。
 独りでいるのに、アイツは襲い掛からずに、まるで今の僕の姿を嘲笑するように、口を裂けて笑っていた。
 僕が抱いていた淡い期待は消し去ってしまった。
 ビーラはアイツに殺されたのだ。
 僕の心は今にも引き裂かれそうになった。
 どうして?
 どうして殺されたの?
 アイツは僕にしか見えないはずなのに。
 アイツは僕だけにしか襲い掛かって来なかったのに。
 まさか、本当は見えていた?
 いや、それはない。
 だったら、僕が打ち明けた時にビーラは初めてのようなリアクションは取らないはずだ。
 それにメイドや母だって、アイツを見たら何かしらの反応はするだろう。
(という事は、アイツは僕だけでなく、異世界人にも襲う事ができたのか?)
 その考えに至った時、僕の心の中で敷き詰められていた悲しみが徐々に怒りに燃やされていた。
 僕がもっと早くコイツを倒す方法を見つけていれば。
 彼女は、ビーラは死なずにすんだかもしれない。
 コイツさえ倒していたら。
 コイツさえ、ヤツさえ殺せば。
 僕の心の中に殺意が芽生えた。
 ヤツに対する憎しみが湧き上がってきた。
 灼熱の釜のように沸騰し、ギロッと睨んだ。
 だが、ヤツは僕の怒りに怖じ気づく様子はなく、ヘラヘラと笑っていた。
 それを見ていると、さらにムカムカしてきた。
「こいつ……」
 僕は睨みながら吐き捨てるように言った。
 このまま素直に殺されるくらいなら、せめて一矢を報いたい。
 その気持ちで僕は唱えた。
「ボラ!」
 手から火の玉を出した。
 しかし、ヤツは直立不動でかわした。
 本来であれば頭部に命中するはずが、通り過ぎて、背後の木に引火してしまった。
「ノラ!」
 すぐに水鉄砲を放った。
 火の玉と同様で、背後で燃える木を消火するだけだった。
「ケケケケ……」
 すると、ヤツが真正面から突進してきた。
 僕は地面を蹴ってかわした。
「ガラ! ガラ!」
 すかさず石を投げる魔法を唱えるが、これも貫通してしまった。
 ヤツは一切怯む事なく、また僕の方にダッシュで襲い掛かってきた。
「そ、ソラ!」
 自分にかけてみたが、そよ風程度では身体を持ち上げる事ができず、すぐに足を掴まれてしまった。
「あぁ!」
 そうなってしまったが最後、地面に叩きつけられてしまった。
 仰向けになり、ヤツが僕の上にまたがって首を締め始めた。
 脱衣所の時に比べて力が強くなっていて、視界が揺らいでしまった。
 あぁ、死ぬな――そう直感した。
 でも、それもいいかもしれない。
 僕がビーラを殺したのだ。
 僕が召喚させたから。
 あの時、召喚魔法を唱えなければ、彼女は母国で、エルーラで大臣の仕事を続けられていたのかもしれない。
 僕が殺されるはずだったのに。
 代わりに彼女が殺されてしまった。
 どうして、どうして、どうしてこうなったのだろう。
 なんで、ビーラが死んで僕が生きているのだろう。
 でも、今から僕も彼女の後を追う。
 ビーラさん、ごめんなさい――と薄れゆく意識の中、最後の言葉を脳内で言って死のうとしていた。
 その時だった。
「ピカーラ!!」

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