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『転生しても憑いてきます』#48

「本当?!」
「ほんとなの?!」
 ニュイはコクンと頷くと、勢い良くペンを動かした。
『転移魔法を使う』
 転移魔法――確かにその手があった。
 けど、あれは無くしちゃったし……あれ?
 ニュイに僕がキャーラから貰ったお守りを身に着けている事を知っていたっけ?
 疑うつもりはないけど、念のため聞いてみよう。
「どこでその魔法を知ったの?」
 僕の質問にニュイはすぐに『本で読んだ』と書いた。
 確かにニュイはよく魔法の本を読んでいた。
「けど、本の知識だけで魔法は使えるものなの?」
 できるよ――僕は言いそうになったが、ビーラの出来事がフラッシュバックされ、口をつぐんだ。
 この質問にニュイは『かなり難しい』と書き、『でも希望はある』と続けた。
 そして、またスラスラと書いた。
 結構長めらしく、僕とニャイはジッと待っていると、ニュイのペンが止まり見せてきた。
『実は昨日ケーナお姉ちゃんに言われたんだけど。
 カースの手首に巻き付けているハンカチには、転移魔法の効果があるって言っていた』
「えぇ?! あれって、オシャレじゃなかったの?!」
 ニャイが教室に響き渡るくらいの声で驚いていた。
 あれ、アクセサリーだと思っていたんだ。
 まぁ、そう見えても仕方ないか。
『"もし何かあったら、カースに頼んでハンカチを使って"って言われていたの』
 この文章を見た時、僕が学園に出かける前にケーナが言った「気をつけてね」という言葉を思い出した。
 そういえばケーナは僕と一緒に学園に行った事があったっけ。
 恐らく番兵や喋る校舎を見て何かしらの危険を察知したのだろう。
 万が一に備えて、ハンカチの事をニュイに知らせておいたのかもしれない。
(ケーナ……)
 僕は心の底からケーナに感謝の意を表した。
 だが、どうしても拭うことのできない現実が待っていた。
「あれ? カース、ハンカチは?」
 ニャイが僕の手首にそれが巻かれていない事に気づいたらしい。
 ニュイも目を丸くして、同じ所を見ていた。
「実は無く――」
 無くしたと言おうとしたが、言葉を牛なってしまった。
 二人の背後にキグルミの怨霊が立っていたからだ。
 奴の手には、ハンカチを持っていた。
 お前が拾ったのか。
「カース、ハンがががぢぢぢぢ」
 またノイズだ。
 ニャイの顔がグレイみたいになっている。
 ニュイも似たような顔になっていた。
 あぁ、自分の瞳に写る光景が憎たらしい。
 キグルミはハンカチをヒラヒラと僕の方に見せてきた。
 だが、僕は屈しない。
 何度も首を振って、自分の意識を正常させるんだ。
 そうしていると、突然肩を掴まれた。
 飛び上がるように驚くと、ニャイの怒りにも似た顔が現れた。
「カース! ふざけてないで、ちゃんと答えて! ハンカチはどこにあるの?」
「ハンカチは……あれ?」
 いつの間にか自分の手首に巻かれている事に気づいた。
「えっと……ここにあるよ」
 僕が二人に見せると、ニャイとニュイはホッとした顔をした。
「もうビックリしたじゃない。てっきり無くしたかと思った」
 ニャイが僕の肩をバンバン叩いてそう言った。
 ニュイは『早速やろう』と書いた。
 何だか腑に落ちなかったが、脱出を優先する事にした。
 僕は記憶の奥底でやった事を必死に思い出しながら試みた。
 確か魔法陣を書いて、ハンカチを握り、行きたい場所を頭の中に思い浮かべながらハンカチを握って、呪文を唱える――だっけ。
 確か呪文は……。
「ポーラ」
 僕がそう唱えると、足元が光だした。
「成功だ! 早く僕の近くに寄って!」
 ニャイとニュイはすぐに僕の肩を掴んで、離れないようにしていた。
 僕は目をつむった。
 僕の視界はあっという間に光に包まれた。
 目を開ければ、そこにはケーナのいる我が家。
 ケーナが心配そうに僕の側に寄って抱き締め、事情を聞く。
 学園で起きた問題はいずれ王都の兵士達がやってくるだろう。
 僕も事情を聞かれるだろう。
 ニャイとニュイもか。
 でも、どうしてだろう。
 目を開けても、真っ暗だ。
 何も見えない。
 いや、見えないんじゃない。
 暗闇しかないんだ。
 もしかして失敗したのか?
 振り返ると、ニャイとニュイがいた。
 何故か俯いている。
「ニャイ、ニュイ?」
 僕が聞くと、二人は勢い良く顔を開けた。
 グレイ型の怨霊の顔になっていた。
 叫ぶ暇も与えず、二人は僕を拘束した。
 突然現れた診察台に僕を寝かせると、ベルトを巻かれて身動きが取れないようにしたのだ。
「ニャイ! ニュイ! どうしたの? 目を覚ましてよ!」
 僕はそう呼び掛けるも、二人の顔が戻る事はなかった。
「グヒヒギギギ」
 すると、何とも奇妙な笑い語が聞こえてきた。
 一瞬おかっぱ怨霊かなと思ったが、笑い方が違っていたので、違う種類かなと思った。
 しかし、現れたのはジャーメラだった。
 僕は彼女の顔を見た時、背筋が凍った。
 血のような赤い眼をしていたからだ。
「グヒヒギギギ」
 ジャーメラ(?)は割れたメガネを掴んでブンと投げ棄てると、ガラス瓶と注射器を取り出した。
 中には血のように赤くドロドロした液体が満杯だった。
 ジャーメラは注射器にその液体を入れると、ガラス瓶ごと液体を飲み込んだ。
 バリバリという人間離れの咀嚼音が聞こえた後、腹の中が急に膨らんだ。
「バギャアアアアアアアア!!!!」
 ジャーメラは雄叫びを上げながら破裂した。
 おびただしい血肉が僕に降り掛かった。
 味わいたくもない味を知ってしまった僕はたちまち吐き気に襲われた。
 すると、ニュイ(?)がフラフラと歩き出すとしゃがんだ。
 地面に落ちた注射器を拾った。
 注射器はかなり頑丈で作られたらしく、割れた箇所がなかった。
 ソロリソロリと近づくニュイ。
 僕の全身の鳥肌が逆立つ。
 その液体を僕の体内に入れてどうするつもりなんだ。
 まさかジャーメラのように爆発させるつもりじゃないだろうか。
 ニュイの顔は相変わらず瞬きもしない人形のような表情をしていた。
 ニャイはと言うと、小声で「死屍累累ししるいるい阿鼻堕落あびだらく地獄《じごく》」と唱えていた。
 やめろと叫んだ所で、二人が止まってくれる訳がなく、無駄だと知っていてもジタバタした。
 どうしてしまったんだ。
 なぜ転移魔法を唱えたら、こうなってしまったんだ。
「肉が欲しい」
 突然さっきまで呪文を唱えていたニャイが人間の言葉を話した。
「血が欲しい」
 今度はニュイもしっかりと聞き取れる声で言った。
「お前の血が欲しい」
「お前の肉が欲しい」
 二人はそうブツブツ言いながらニャイは頭を抑え、ニュイは注射針を僕の方に向けた。
 お前の血と肉が欲しい――まさか校舎の仕業か。
 アイツが転移魔法逃げないために、こんな狂った事をしているのか。
 そう結論付けると、上の方から高笑いが聞こえてきた。
「そうです。その通りです。
 全部私がやりました。
 あなたの血肉が美味しそうで。
 どうしても欲しかったんです」
 校舎はそう言ってまた高笑いした。
 この狂気さに血の気が引いた。
「だから、心臓ブチ撒けて、私の壁や床に極上の血のソースとステーキを味あわせてください」
 校舎はそう言い終えた直後、ニャイがガッと僕の頭を力強く抑えた。
「ニャイ、ニュイ、やめて! やめるんだ!」
 僕はそう叫ぶが、二人の顔は聴覚を失ってしまったようだ。
 針が近づいてくる。
 どうやら僕の首に刺すらしい。
 お願いだ。
 やめてくれ。
 二人にこんな事をして欲しくない。
 その願いも虚しく僕の首に刺さった――その時。
「排除」
 突然その声が聞こえたかと思えば、針が抜けたような感覚がした。
 どうやらそれほど深くは刺さっていなかったらしい。
「排除」
 またその声がしたかと思えば、今度は頭が楽になった。
 この声の正体は分かっていた。
 僕の目の前にあの番兵が立っていた。
 斧は血塗れだった。

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