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小説

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いつか楽園がわたしを迎えにきて

いつか楽園がわたしを迎えにきて

 長く伸びた爪が机にぶつかってかすかな音を立てた。しかしそれは笑い声にかき消されてしまって、誰の耳にも届かない。
「果凛(かりん)ちゃんって意外と可愛いとこある感じ?」
「いやいや私は中身ほんとにおじさんだから」
 そう言って彼女は両手でビールジョッキを持ち上げた。乾いた笑い声がわたしたちの頭上を覆う。枝豆に手を伸ばしかけて、やめた。ちびちびと飲んでいるはずの烏龍ハイも、もうほとんど氷しか残ってい

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海辺にて

海辺にて

海に思い出が多すぎる
左右から染み込む波

生きているから傷つける
生きているから傷つけられるのと同じで

身体は海になれない
海からうまれてきたぼくたちなのに

地団駄を踏めないぼくたちは
ずっとこの日を探していたのだ

水平線に辿り着けないぼくたちは
ずっとこの日を探していたのだ

ゼミ課題 200~400字小説

ゼミ課題 200~400字小説

テーマ「かなしみ」 400字胎内にて

 思えば、いつも雨が降っていた。地面に跳ねるそれらをかいくぐって、あなたの声は湿った空気をふるわせる。あなたの呼吸にあわせてかるく上下を繰り返すあなたのおなかに手のひらでそっと触れて、呼吸のタイミングをたしかめる。カフェオレみたいな色の髪の毛が肩の輪郭にそって流れ落ちている。手のひらでは足りなくなって、唇であなたに触れる。耳朶、喉、心臓。ホログラムではない、

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