めいこ
東京
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東京

めいこ

東京は当たり前の雑踏だった。スクランブル交差点も、蒸し暑い夏も、明るい夜も、ちぐはぐな服装たちが行き交う街並みも、小学生が夜分遅くまで一人で歩ける安全も、私の都市の初期設定だった。夜に外に出るのに躊躇するサンフランシスコのテンダーロインや、小学生が一人で電車に乗るのを憚る都市が新鮮だった。

網の目のような東京公共交通機関。駅に停車してからドアを開くまでに紳士的な間があることに初めて気づいた。ベルリンの列車は駅に滑り込み、停車した瞬間にドアが開く。開かないのならドアの開閉ボタンを押さなければいけない。まるで機能性重視で淡白なドイツ人そのものだ。なかなかドアが開かない東京の列車に心より先に脳が反応し、ドアに手を伸ばし開閉のボタンを押そうとしたところで、そんなボタンなど東京の列車にはないことに気がついた。どうやら本当に東京を忘れてしまったらしい。

サンフランシスコ、韓国、ドイツと住み渡った私はどうやら東京での住み方を忘れたらしい。渋谷に行けば溢れる若さに圧倒され、満員電車に乗れば人に酔いまくった。人混みを上手く泳いで目的地に向かう技術も忘れてしまった。東京は、帰ってくる度に見知らぬ都市になっていく。東京という文字が、書き慣れた文字列からエキゾチックなものに変わっていく。その変化が美しいようで恐ろしい。私は故郷を忘れていく。東京の当たり前が、私の当たり前ではなくなっていく。代わりに私は、帰ってくるたびに新しい東京を見つける。当たり前でなくなったものを、物珍しく眺めるようになる。

東京を忘れていく一方で、私の故郷のフォルダーにはもう三つも新しい都市が登録されている:ファイルサイズは小さいけれど。新しい街に住むたびに、前の街を忘れてく。ソウルに在ってはサンフランシスコを忘れ、ベルリンに在ってはソウルを忘れ、東京にいてはベルリンを忘れる。人が出会っては別れるように、街と仲が深くなっては浅くなっていく。この夏、東京をまた、思い出して、また帰ってくるころにはもう少し忘れている。そんな不器用な関係を、私が生まれた土地と。

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めいこ
フィクションとノンフィクション。散文とか詩っぽく日常と思考をつづる。心のゴミ箱、というか本棚 「出会った人と暮らした街が、しんしんと積もって私を作っていく。そんなお話、そのマガジン」-私