見出し画像

なぜ人工衛星は地球に落ちてこないのか

こんにちは、イギリスで宇宙開発をやっているこおるかもです。

近年、みなさんにも宇宙開発がより身近に感じられるようになってきたのではないでしょうか?月面開発などの先進的な取り組みも夢があって面白いですが、衛星を介したインターネットの接続や、災害時のタイムリーな衛星画像など、わたしたちの暮らしに密接に関わるようになってきていると日々感じています。

そうした価値を届けてくれているのは、他でもなく、地球の周りをぐるぐる回る人工衛星のおかげです。

https://uk.pcmag.com/networking/141345/starlink-satellites-still-dodging-orbital-debris-from-russian-missile-test

人工衛星は通常、ロケットに搭載されて打ち上げられ、所定の高度に到達したところで、ロケットから切り離されます。高度は人工衛星の目的・用途によって異なりますが、一般的には高度400km~2000km程度のものがよく利用されます。

さて、ここでみなさんに質問です。

なぜ人工衛星は、ロケットから切り離されたあと、すぐに地球に落ちてこないのでしょうか?

まずは深く考えずに、以下の3択から答えを選んでみてください。

  1. 人工衛星もエンジンを使って常に推進しているから

  2. 遠心力のおかげで常に外向きに力が働いているから

  3. 本当は落ちている

では解説します。

人工衛星もエンジンを使って常に推進しているから

まず、1の「エンジンを使って推進しているから」については、すこ~しだけ正解です。宇宙開発が好きな人は意外とこれを選ぶかもしれません。

人工衛星も、大抵の場合、エンジンを持っています。しかし、ロケットのような強力な推進力はなく、ティッシュに息をフッと吹きかける程度の弱い推進力しかありませんので、人工衛星が地球を周回するのに必要なエネルギーには到底及びません。

では人工衛星のエンジンはなんのためにあるかというと、主に、軌道の向きや姿勢を微修正するためにあります。地球をぐるぐる回っている間に、どうしても少しずつ軌道がずれていってしまうので、それを修正する必要があるというわけです。

また、比較的低い高度の場合、地球の大気がうす~く残っています。もちろん人間が生きていられるようなレベルではなく、薄すぎて酸素の粒がばらばらになって、1粒1粒カウントできるくらいです。そのくらい薄くても、人工衛星にぶつかると、空気抵抗となって少しずつ減速してしまいます。そうした減速分を相殺するためにも、人工衛星のエンジンは使われます。

とはいえ、それもあくまでごくごく微量な変化の話なので、「なぜ人工衛星がすぐに落ちてこないのか」という話とはあまり関係がありません。この小さな大気抵抗によって実際は少しづつ落下しているという理由で3を選んだ方も、ここでは不正解とさせていただきます。

簡単のため、今後はこうした微量な変化のことは無視できるものとして話を進めます。

遠心力のおかげで常に外向きに力が働いているから

では、次の2「遠心力のおかげ」というのはどうでしょうか?

そもそも、遠心力とはなんでしょうか?

それを説明する前に、そもそも「力」ってなに?というところから説明してみましょう。

力とは、例えばボールを手で押したら前に転がるように、「誰かが何かをする」ことで発生する運動のことを指します。には、必ずその発生源となる犯人がいる、というわけです。

遠心力も同様です。遠心力と聞いてみなさんがイメージするのは、きっとこんな感じで、バケツに入った水をぐるぐる振り回すと、外向きに力が働いて、水が落ちてこない、というようなイメージではないでしょうか?

https://alfaframe.com/mame/20533.html

このとき、誰がこの遠心力の犯人でしょうか?もちろん、バケツを振り回している人ですよね。この人が一生懸命ぐるぐると回る運動のエネルギーが、腕を通じてバケツに伝わっているのです。

では、人工衛星の場合はどうでしょうか?もし遠心力が働いているとしたら、犯人は誰でしょうか?

「地球です」

と答える方がおられると思います。でも、地球と人工衛星はロープか何かでつながっているわけではありません。ロケットが離陸した瞬間から、地上とは完全に切り離されています。したがって、地球が衛星を振り回すような遠心力を働かせることは不可能なのです

そのため、2番めの回答は残念ながら不正解です。

となると、本当の正解は3番めの「本当は落ちている」になります。

えぇ!!と思われた方がいたら、この記事を書いた甲斐があります。では解説をしていきましょう。

本当は落ちている

先程、「力には必ず犯人がいる」と言いました。実は、「物体が落ちる」という現象にも、力が加わっています。本当になんの力も加わっていない物体は、動かない(正確には、加速しない)からです。

では、人工衛星を落下させている犯人は誰でしょうか?

そうです、「重力」です。

犯人である「地球」の「重力」によって人工衛星が落ちているのです。

重力は魔法です。なぜなら、さきほどのバケツの例とは異なり、物理的につながっていなくても作用させることができるからです。こんな魔法を発見した人が住んでいる国に住んでみたいものです。I live in the UK!!

ニュートンが発見した万有引力

しかし、話はここから少しややこしくなります。

人工衛星は文字通り地球に向かって落下しているわけではありません。先程説明した微量な空気抵抗などを無視すれば、人工衛星は永遠に地上に墜落することがありません。

え、結局落下してるの?してないの?どっち?

正確に説明しましょう。

人工衛星は、重力によって地球の中心に常に引っ張られています。しかし、人工衛星の進行速度があまりにも速すぎて、地球に引っ張られた次の瞬間には別の位置にいるので、あたかも重力が人工衛星の進行をアシストしているような方向に働いているのです。この、「あまりにも速すぎて」というのが、非常に重要なポイントになります。

例えばこの図を見てください。今、衛星は地球の画面上の上側にいるとします。このとき、重力によって衛星は地球の方向、つまり下向きの力を受けています。しかし、このときすでに衛星は「ものすごいスピード」で左向きに向かって進んでいます。そして次の瞬間、「重力」によって衛星の進行方向が少しだけ下向きに変化しますが、その方向が、ちょうど円を描く方向とピッタリと一致します。そして、衛星に作用している力は重力だけなので、地球の周りを回っている間に、この運動は変化することなく、ぐるっと一周してもとの位置に戻ってきます。

こうして、衛星は地球の重力のおかげで、「永遠に落ち続けている」というのが、物理学的に正しい説明となります。なんだかロマンチックですね。

別の観点から言えば、例えばある瞬間に重力がなくなったら、人工衛星はその瞬間の進行方向に吹っ飛んでいきます。また、あなたが突然宇宙に瞬間移動したとしても、人工衛星のような「ものすごいスピード」で飛んでいなければ、真っ逆さまに地球に落ちてきます。人工衛星は、このように「ものすごいスピード」「重力」のバランスによって、その軌道をなしているんですね。

そして、ここからは宇宙開発トリビアですが、衛星が「ものすごいスピード」で進んでいるといいましたが、このように、重力によって地上に墜落することなく天体の周りを周り続けることが可能になるほどの速度のことを、「第一宇宙速度」と呼びます。これは天体の重さによって異なりますが、地球の場合およそ秒速7.9kmとなり、人工衛星の速度とだいたい一致します。大谷翔平のストレートが100マイル(時速160km)ですが、秒速に直すと約0.04km/sにしかならないので、衛星はその200倍くらいの速さで飛んでいることになります。

また、さらに速度を上げて、地球の周回軌道を逸脱するほどの速さのことを、第二宇宙速度と言います。これは約11km/sです。もっと速くなり、第三宇宙速度である16.7km/sを超えると太陽の引力圏から脱出できます。

以上で「なぜ人工衛星は落ちてこないか」の説明を終わります。実はこの話は、宇宙開発をやっていても説明できない人が多いです。これは、「軌道力学」とよばれる分野にあたる基礎知識なのですが、宇宙開発に携わっていれば誰しもが軌道力学のエキスパートというわけではなく、人工衛星にはもっと様々な工学分野のエキスパートが必要となります。そういった他の分野にも、面白いことがたくさんあるので、今後紹介していけたらと思っています。

また、今回の記事では、できるだけ物理や数学に馴染みのない方にもわかるよう、一切方程式を用いずに説明することを心がけました。それでも難しいと感じた方は、ぜひコメント欄で教えてください。また、説明を優先し、微妙に物理学の正確な用語法を犠牲にしている箇所があることをご了承ください。 下記に遠心力に関する補足説明も記しましたので、興味のある方は御覧ください。

最後までお読みいただきありがとうございました。


補足

遠心力の説明について、少し納得がいかない方のために、ガチめの補足をしておきます。

遠心力とは、慣性系において回転している物体と、同じように回転する回転座標系において、物体が静止して見えることを説明するために導入される「見かけの慣性力」として定義されます。

バケツの例でいうと、記事本文では「回転運動によるエネルギーが腕を伝わって遠心力を発生させている」と書きましたが、これも実は正しくなく、腕はバケツが飛ばされないように、内側に引っ張るように張力を発生させているので、遠心力とは逆向きです。この力のことを「向心力」といいます。

そして実際にバケツが回り続けている間、バケツと一緒に回っているこの人から見ると、バケツは静止して見えます。静止しているということは、向心力が何かと釣り合っていないと説明がつきません。そこで、向心力とは逆の方向に、同じだけの力が働いている「ように見える」ことにして、それを遠心力と呼ぶことにしたのです。実際に働いているのは、外向きの遠心力ではなく、進行方向への慣性力です。慣性力は内力なので、遠心力という外力は存在しません。

人工衛星の場合も同様に、重力によって地球の中心に引っ張られる力が向心力であり、衛星と一緒に動く観測者(たとえば、宇宙飛行士)からみると、それと釣り合うように遠心力が働いているように「見える」だけです。いずれにしても、みている座標系からの運動を説明するために導入されるみかけの力であって、実際に誰かが外力として仕事をしているわけではありません。

ただし、説明として便利であり、プロでもそのように説明して終わりにしてしまうことも多いのが実情なので、ググるとそのような説明がよくでてきますが、本記事の説明がより正しいとご理解ください。

この記事が参加している募集

仕事について話そう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?