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ちょっとしたエキゾチズム 第一話

本格インドカレー店で食事をしたが、店員のインド人(パキスタン人かもしれない)の日本語が流暢だったのが印象に残る。
「お客様恐れ入ります、おつりをお忘れですよ。はい。お気をつけてお帰りください」
それにしてもここのチキンカレーは絶品だった。
あまりにも絶品すぎて俺もインドカレー職人になることを決心した。母ちゃん見ててくれよん!!
というわけでまず弟子入りを申し出てみたわけだ。
とりあえずナンの炊き方からかな?
バターとかめいっぱいのっけたいなあ。
するとマスターは、厨房の奥に入っていき、しばらくして真っ黒に錆びたフライパンを取り出してきた。
そして流暢な日本語でこう言った。

「日本では明治より“フライパンは剣よりも強し”というように、フライパンはどんな武器よりも強く、そして危険な道具なんだ。そんな、生半可な気持ちでいると怪我するぜ小僧!」

そして、少し照れ笑いしながら、左手の義手と心臓のバイパス手術の傷痕をチラリと見せた。
なんという勇ましいバイパス手術痕と義手だろう。
俺はビビりながらも、心の奥底で感動を覚えた。

「……俺もこんな漢になりたい」

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俺は勇気を振り絞って、飛び上がってマスターからフライパンを取り上げた。
そして生半可な気持ちとおさらばするために、黒光りするフライパンで自分のおでこを思い切り叩いた。

トグッポキャーンンンン!!!

鈍くもコミカルな音が厨房全体に共鳴する。
それはまるで、あの明治維新の文明開化の音を彷彿とさせた。
文明開化と言えば、この国の近代文明が花開いてからもう130年は経つっていうこのご時世にだよ、自分の才能がなんで開花しないのかって悩んでる人って多くない?
でも関係ないって顔してみんな花見とかでうかれてへらへらしてる。
うまいカレーが作れないのだって、S&Bやハウスのせいにしておけばそれでいいんだ。
みんなバッカじゃないの?

だから俺は、フライパンで俺を殴った。
頭がぐらぐらする。景色がにじんできた。ガラムマサラの粉が舞っている・・・。
なんだか、くしゃみと鼻水と目のかゆみが止まらない、そして気だるい。
ガラムマサラを急激に吸い込んだ俺は、どうやら急性ガラムマサラ粉症になってしまったようだ。
まさにその時だった。
カウンターの片隅にある少しこじゃれた造りのインド象型の電話が

パオーン!パオーン!パオーン!

という着信音を鳴り響かせた。
3コール目にして、少し慌てながらもマスターは電話に駆け寄る。
左手が義手ということを微塵にも感じさせない華麗な手つきで受話器をとった。
もちろん受話器はインド象の鼻の部分である。

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受話器から漏れ聞こえてくる電子音に、マスターは二言三言答えると鼻型受話器を静かに置いた。
微かにベルがパオンと鳴る。
マスターは義手の薬指を引っ張ると、チューブ状にそれは伸び、口にくわえた。
どうやら義手は水タバコ機能を内蔵しているらしい。
マスターはゆっくりと煙を吐き出す。
静寂に包まれた店内に、タバコの紫煙とガラムマサラ粉がたゆたい、窓から差し込む午後の日射しが綺麗な直線を描いていた。
マスターは視線を落として何か考え込んでいるようだったが、やがてこちらに向き直り、流暢な日本語でこう言った。

「ハツシゴトダ、オマエヲ改造スル!」

マスターの義手がぽろりと取れると、その下からまるで植物の芽のようにノミとトンカチがうねうね生えてきた。

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そして片手にはあの恐怖のフライパン。
俺は身震いした。
その瞬間マスターはコウモリのように舞上がり、俺に襲いかかってきた。
くしゃみで苦しむ俺は抵抗する間もなくフライパンで打たれ床にメコンと叩き付けられた。
俯せに倒れ、あまりの痛みに動けなくなった。

だんだん、意識が遠のいて行くのがわかる…。
不気味な声が聞こえる…。

「喜べ若いの。そこまで度胸があるからこそ、隠されていた俺の包丁技術が今から初めて活かされるのだ」



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文:くされ悦会(ETSU・KOSSE・KAW・寿プロ)
挿絵:ETSU

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