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合成酢は本当にダメなのか ~合成酢と食文化~(後)

※上記は前回の記事となります。

きっかけは2020/6/17の日刊スポーツによる記事だった。

スっぱすぎる酢にハマるのはなぜ?佐々木朗希のス顔

鳴り物入りでドラフト1位入団したロッテ佐々木朗希投手が、関東に来てから恋しくなった地元の食べ物として、酢の素(合成酢)を挙げたのだ。

「酢の素という、大船渡のしょうゆ店で作られたお酢があるのですが、とっても酸っぱいです」

「1度これに慣れたら、普通の酢は物足りない」

佐々木投手が好む「酢の素」は大船渡の水野醤油店が製造している。

なお全国で「酢の素」と名乗る商品は無数に存在するため、この名前だけで商品を特定することはできないのだが、いずれも合成酢がベースとなっている商品なのは同じである。

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三陸地方は漁業が盛んな地域ということもあり、当然ながら魚を食べる機会が多い。

おおふなとブログ ~水野醤油店さんを取材しました!~

水野醤油店に大船渡市観光物産協会公式ブログがインタビューを試みた所、このようなコメントがあった。

漁業されている方だと、ただの醤油に飽きて、マグロなどの刺身に酢醤油で食べているとか。「濃いのが良い」って。

沖縄と同様、刺身を合成酢に直接つけて食べるのが多いようだ。またこのような食べ方をする事情として、三陸独自の醤油事情があった。


下記は三陸で生産される醤油の原材料名である。

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ご覧の通り、普通の醤油と違って糖類や甘味料がふんだんに使われている。またアミノ酸液とは、戦後に作られるようになった合成醤油のことである。うま味成分が豊富だが塩分がないため、多くの日本人が想像する醤油とはまるで違った味わいとなっている。

三陸地方では甘口の醤油が好まれる理由として、釜石にある藤勇醸造のサイトにはこのように書かれていた。

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製鉄所がある関係で福岡県の八幡から多くの人が渡って来たため、三陸では九州で好まれる甘口醤油を作るようになったそうだ。

日本国内で甘口醤油が好まれる地域は、三陸や北陸、そして九州である。これらの地域では醤油にアミノ酸液を入れた「混合醤油」が使われる。

アミノ酸液を使った醤油の醸造法は、戦争中に食糧自給が困窮した際に考案された方法であり、合成酢とルーツが同じと言っていいだろう。

職人醤油 ~戦時中とアミノ酸液~

アミノ酸液はそれそのものでは醤油らしい味がないため、甘味料などを使って味付けされている。そのため甘口醤油が好まれる地域では、今でもアミノ酸液が醤油と混ぜて使われている。

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macaroni ~九州では定番の「甘口醤油」おすすめ5選◎その理由や材料の秘密とは~

甘口醤油が好まれる地域には共通点がある。上記サイトによれば

(それらの地域では)新鮮な魚が食べられること

これを要因として挙げている。新鮮すぎる魚はまだ身が固く旨みも少ないため、調味料で強い味を付けて食べることが主流になったとしている。そのため甘口醤油や、酸味の強い合成酢が使われるのであろう。

まるこめ酢を使う沖縄の漁師も、酢の素を使う三陸の漁師も、いずれも漁船の上で刺身を食べる際に合成酢を使っていた。これは考慮に値するはずだ。


ちなみに九州でも合成酢は製造されている。下記の商品は甘口醤油を製造する大分県の富士甚醤油の製品である。余談ではあるが、大分県にルーツがある私にはなじみ深い企業だ。

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北陸で甘口醤油が使われる理由としては、富山県にある山元醸造のサイトに書かれていた。

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さらにこのサイトによると、このような情報もあった。

・沖縄諸島にも甘い醤油が存在する

・地元の漁師は激甘醤油で刺身を食べる

・理由は「潮風で口の中が辛いから」

記事の続きでは「では銚子の醤油はなぜ辛いのか説明がつかない」ともあったため、ある程度は眉唾ものになるだろう。だが沖縄でも三陸や北陸と同じような習慣があることは初耳であった。

上記の記事でも書いたが、北陸では実際に合成酢が使われている。石川県にあるヤマチ醤油のサイトには、合成酢でサバ寿司を作る記事が存在する。

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『美味しんぼ』で描かれていた、サバを合成酢で締めたら中毒するというのは嘘である。合成酢は浸透力が弱いという話も郡司篤孝氏の本にしか記載がなく、他の多数の書物に見られる氏の過激な論調を見る限り、エビデンスなしで大げさに盛った話であろう。


私が調べたところ、合成酢が多く使われている地域は下記の通りである。

・北海道

・岩手県(三陸)

・北陸(富山・石川)

・沖縄


北海道に関しては甘口醤油を使う文化がないのだが、Twitter上で気になる記事を見かけた。

この「ムスメ酢」なる商品で検索すると、製造元は大阪府吹田市にあった会社であった。だが販売情報を見る限りはほとんどが北海道からのもので、実に不思議なことが起こっていた。

北海道ではよく見かけた、昔からムスメ酢を使っていた、他の酢では物足りない……など、さまざまに書かれていた。

旭川ではチェリー酢・山吹酢といった合成酢が製造されている。なおチェリー酢には「さくらんぼのお酢ではありません」とわざわざ注釈がついているのが面白いところ。間違える人がいるのだろう。

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他にも苫小牧にある丸善市町では、醸造酢と合成酢の混合酢(カクマン酢)、さらには酢酸100%の純粋?合成酢(アイデアル酢)が製造されていた。胆振から日高地方で需要があるらしい。

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北海道、特に海沿いで漁業が盛んな地域において、合成酢の需要が高いようだ。たとえば留萌では下記の通りである。

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ミツカン酢は全国ナンバー1といえるシェアなのに、そこに合成酢の山吹酢、そしてカクマン酢が売れているのである。

どうやら合成酢が使われる地域の共通点としては、醤油以外にも

海沿いで新鮮な魚が手に入る地域であること

があるようだ。事実、青森県や島根県でも合成酢製造メーカーが現存することを確認している。

漁師の食文化があるところに合成酢あり、と考えていいだろう。



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合成酢は決して多く作られている商品ではない。昭和45年に表示規定が改定される前は幅を利かせていたが、その後はほぼ絶滅に近いところまで追いやられている。

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平成30年の合成酢生産量は、醸造全体量のわずか0.2%にすぎない。

そんな状況下でも、合成酢に対してはまだまだ需要がある。

・濃厚タイプだから収納に場所を取らない

・味にくせがないので、料理しやすい

・酢飯をつくる際に少量で済むのでべとつかない

こうした利点から、今でも合成酢を求める客も存在する。

さらには「酢の匂いがダメ」という人間も存在する。たとえば天然醸造の米酢には「ムレ香」という独特の臭気があるのだが、要するに蒸れたにおいであり、はっきり言えば悪臭である。余談だが私は酢の匂いがダメで、今でも米酢は使えない。

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三重県で製造されるマルチョウ酢は上記のように謳っている。醸造酢の匂いが苦手な人、酸味が苦手な人でも使えるのがメリットであると。

合成酢にはこのような使用方法があることも知っておいていいだろう。

合成酢は石油からできているからダメだとか、本物の酢ではないから使うなと馬鹿にする向きも多いのだが、一度家庭に染み付いた味をそう簡単には切り離せないものだ。

何事も安易に否定するのではなく、存在理由や価値をもう一度考え直すことが重要であると、合成酢は教えてくれている。

「競馬最強の法則」にて血統理論記事を短期連載しておりました。血統の世界は日々世代を変えてゆくものだけに、常に新しい視点で旧来のやり方にとらわれない発想をお伝えしたいと思います。