お正月

私の家系は代々神に仕え、村にある唯一の神社を守っていました。
毎年、お正月になると初詣に参った村の人達で境内が賑やかになります。
出稼ぎに出ていた弟達も帰省し手伝ってくれ、
母や妹達はおしるこや甘酒を参拝に来た村人たちへ振る舞い、私は宮司である父とともに家内安全を祈願した御札を配るのでした。
それらが一段落すると、父は一度は主屋に戻り、和紙で包んで赤い紐で結んだものを竹籠に沢山乗せて持って来ます。
それは子供たちに配るお正月のおひねり。
包の中にはお米で出来た甘い菓子入っています。
それは我が神社にて代々続いている行いで、祖父が宮司だった時には父が手伝い、父が宮司になってからは私がお手伝いしておりました。
父が竹籠を持って現れるとを、それまで遊んでいた子供たちが一斉に父の元に駆け寄ります。
みんな満面の笑み。
今か今かと、手を伸ばして詰め寄ってきます。
ほら、ほら、順番に並びなさいな。
私がそう言うと、子供たちは素直にそれに従い、ニコニコしながら並ぶのでした。
みんな顔馴染みばかり。
一人一つ。
ありがとうございます。
おひねりを受け取ると一礼をして、列から外れて家族の元に走っていきます。
列がなくなる頃、竹籠にはまだいくつか残っています。
すると父は、残ったおひねりに何か言葉を吹きかけると、境内の隅にある柿の実がまだ残る木の下に残りを置くのです。
それも毎年のこと。
祖父も同じことをしておりました。
なぜあの場所に置くのか、父はおしえてくれません。
私はきっと野良猫や野鳥へのおひねりだと思っていました。

その理由を知ったのは、数年経った頃でした。

その年のお正月も、境内は村の人たちで賑わいました。
大人達に御札を渡し終え、父がおひねりが乗った竹籠を運んで来るとき、子供たちは群がるように集まって来ました。
私は子供たちをなだめながら、並ぶようにと伝えていると、ちょうど柿の木の下に隠れるよう立っているの幼い女の子が目に入りました。
小さな村です。
その女の子が村の子供ではないことは、すぐにわかりました。
隣村の子供だろうか。
その女の子は、他の子供たちがおひねりをもらいその場から立ち去っても、こちらに寄って来ることはありませんでした。
ただ、じっと羨ましそうにこちらを見ているだけでした。
最後の少年におひねりを配り終えた宮司の父は、竹籠に残ったおひねりを掴み言葉を吹き掛けると、柿の木の下に向かいました。
そして、父は持っていたおひねりを一つ、その見知らぬ女の子に差し出しました。
最初は戸惑っている様子の女の子でしたが、おひねりの中身を見るなり喜んでいました。
父は、残ったおひねりを柿の木の下に置くと、私の方に戻ってきました。

「あの女の子は、隣の村の子供でしょうか。」

私がそう尋ねると、父は少し驚いた顔をして、柿の木の下でお菓子を食べている女の子を見ながら言ったのです。

「この神社では、お正月になると子供たちの楽しげな笑い声に引き寄せられて、迷子になってしまった子の魂があの柿の木の下に集まるのですよ。あの子が見えるということは、あなたも成長したということです。私も最初は見えませんでしたから」

「ひとつお聞きしてもいいですか?」

「何でしょう」

「あの柿の木の下におひねりを置く時、包に何を吹き込んでおられるのでしょうか?」

「あれはおまじないです。道迷うことなく、穏やかで暖かな場所へ向かえるようにと。
そういう子供たちを、今度はあなたが導いておやりなさい」

そう言って、父は優しく微笑んだのでした。

柿の木の下にいた女の子は、いつの間にか消えていました。


そういえば私が幼い頃、行事が終わって誰もいなくなった境内で、柿の木の下に置いてあるおひねりをこっそりとひとつ開けた時、不思議に思ったことがあるのです。
包みを持った時には感触があったのに、開けてみたら中身が空でした。
もうひとつも同じで、もうひとつ取ろうとして母に見つかり叱られました。
その時、耳元で小さな女の子の笑い声がしたんです。
周りを見ても誰もおらず戸惑いましたが、不思議と恐怖心はありませんでした。
あれはきっと柿の木の下に来た誰かが、食べたのだということなのでしょう。

境内にある柿の木の下には、毎年見知らぬ子がやって来ます。
私が宮司になった今も。
それは一人の時もあれば、複数人の時もあります。姿を見せない年もありますが、これからも私は父と同じようにまじないをかけて柿の木の下におひねりをお供えしていくつもりです。

道迷うことなく、天国へ辿り着くように。

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