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おはな - マヤ暦「白い犬」のストーリー

マヤ暦を音楽で表現する THE FUJI BAND です。

noteで素敵なエッセイを執筆されている「もよもよ」さんに、マヤ暦の紋章「青い夜」をイメージしたストーリーを書いていただきました。

▼もよもよさんのnoteはこちら▼

マヤ暦「白い犬」の人は、信頼されることで力を発揮するタイプ。
家族思いで、人や社会に貢献することで信頼を高めていく紋章です。

▼マヤ暦「白い犬」について▼

そんな白い犬をイメージした物語『おはな』。
ぜひ最後までお楽しみください♪

おはな

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久しぶりに、すごく好きな人ができた。

その人はマサルという名前で、その響きは私の耳の温度を上げる。

数ヶ月前だっただろうか。ハナから「ごはん食べて帰らない?」というメールがきて、私たちは仕事おわりに地元の駅で待ち合わせた。その駅から少し歩くと商店街があって、両脇にお店がずらりと並んでいる。私たちは週に1回くらいのペースでこの商店街に訪れるけれど、ほとんどの場合は「ひびき」というお気に入りのラーメン屋さんに入る。そして、醤油ラーメンと餃子とビールを頼んで、サクッと食べてサクッと帰るのが定番だった。

「この商店街にはさ、こんなにたくさんのお店があるのに、私たちはいつもひびきのラーメンを食べてる。たまには冒険しようよ、冒険。今日はそんな気分だわ」

その日も暗黙の了解でひびきに向かうその途中、ハナが足を止めてそんなことを言った。

「いいね。私、行ってみたい焼き鳥やさんがあったの。ピンク色ののれんに"おはな"って書いてあるところ、わかる? ひびきの隣の隣の隣にあるお店。焼き鳥やさんにしては、ピンク色が可愛すぎない?」

私がそう言った瞬間、ハナは私の方にぐるっと顔を向けた。

「私もそこ気になってた! でも中の様子がいまいち見えなくて、入りづらいんだよね。でも冒険にはぴったり」

そんなノリで、私たちははじめて「おはな」に足を踏み入れた。

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「いらっしゃいませ」

「おはな」ののれんをくぐるとすぐに、炭火の香ばしい匂いとともに、元気な声が聞こえてきた。焼き鳥を焼きながら私たちに笑顔を向けて「お好きな席にどうぞ」と言うその人がマサルだった。カウンター席が10席ほど、テーブル席が5つほど並んでいる。木を基調としている明るい感じの店内の様子に、私とハナはひとまずホッとした。

早い時間帯だったからか、お客さんは私たちだけだった。私たちは当たり前のようにカウンター席に座った。

「ここでいいですか? よかったらテーブル席を使ってくださいね」

マサルがそう言ったので、私たちは顔を見合わせた。

「私たち、カウンター席の方が好きなんです。だからここがいいんです」

ハナがそう言うと、マサルは「そうなんですね」とだけ答えて、お冷とおしぼりを私たちに渡した。ビール1杯と焼き鳥数本を注文してチビチビ飲んで食べていると、ハナが笑いながら言った。

「軽音楽部の練習の帰りにさ、メンバーでごはんを食べにいったとき、カウンター席が好きかテーブル席が好きかで、語り合ったことがあったよね。覚えてる? 私とサキはカウンター席派で、アスカとミチルはテーブル席派だった。サキはさ、食べ物を食べている自分の口を、真正面からだれかに見られるのがちょっとだけ恥ずかしいって言ってたじゃん? 今もそう?」

ハナが聞いたので、私は答えた。

「今もそうだよ。変わってない。ハナはさ、テーブル席だと相手が遠くに感じちゃうからカウンター席の方が好きだって言ってたよね。カウンター席は自分の片肩と相手の片肩がくっつきそうなほど近くにいられるから嬉しいんだって言ってたけど、今もそう?」

「今もそう思うよ。カタカタとカタカタ〜! なつかしい!」

私たちはゲラゲラ笑った。ハナが真面目な顔で「自分の片肩と相手の片肩がさ⋯⋯」と話しているとき、すでにほろ酔いだったカナタがこらえきれなくなって吹き出したのだ。

「カタカタとカタカタって何よ〜!?」

ゲラゲラ笑うアスカにつられてみんなで笑っていると、私たち4人は「箸が転がってもおもしろい状態」になってしまって、そのあと何を聞いても笑いがこみ上げてくるようになってしまった。

「私は、カタカタとカタカタがくっつくよりも、目を合わせて話した方が相手を近くに感じるな。心の距離と体の距離は関係ないのだよ」とアスカがふざけて言うと、私たちはまたゲラゲラ笑った。

「私の場合は、ごはん中はテーブル越しで話して、お店を出たあとにカタカタとカタカタをくっつけて歩いて帰るあの感じが好きだな」とミチルが言うと、私たちはまたゲラゲラ笑った。

その日はそんな思い出話に花を咲かせ、気づくと2時間くらいがたっていた。お会計をして店を出ようとしたとき、レジにお金を入れながらマサルが言った。

「ちなみに、僕はテーブル席が好きです」

「あ、すみません。私たちの会話、聞こえちゃっていましたか? 盛り上がってついつい声が大きくなっちゃって」

私がそう言うと、マサルは子供がいたずらするときのような顔で答えた。

「はい。ばっちり。ちなみに僕がテーブル席の方がいい理由は、カウンター席だと店員さんとの距離が近くて、会話を全部聞かれてしまって恥ずかしいからです」

「それは思いつかなかった〜!」

私とハナはまたゲラゲラ笑って、「また来ます」と言って「おはな」を後にした。

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その日から私たちは「ひびき」を通り過ぎて「おはな」に行くようになった。私たちがお店にやってくるとすぐに「いらっしゃいませ。今日もカタカタとカタカタがくっつくお席へどうそ!」とニヤリと笑うマサル。お会計をした後に、何かしら話しかけてくるマサル。そして次第に、カウンター席でしゃべっている私たちの会話にちょこちょこ参加するマサル。

私はマサルのことが気になって気になって仕方がなかった。

ある日のおはなからの帰り道、私はハナにそのことを話してみた。

「マサルのことが気になって気になって仕方がないんだよね。これってアレだと思う?」

「わからないけど、アレだと思うよ。もしアレなら、私応援するよ」

ハナはニヤリと笑った。

それから1週間後、またおはなのカウンター席で焼き鳥を食べていると、急にハナが私に聞いた。

「サキってさ、今は好きな人とかいるの? 彼氏はしばらくいないもんね!」

ハナの声がいつもより心なしか大きいような気がしてドキッとした。ハナの方に目をやると、ハナは私にむかってウインクした。どうやらハナなりに私の恋を進展させようとしているらしい。

「好きかどうかはまだわからないけど、気になる人はいるかも。もっと話してみたいなって思うのは、好きのはじまりだと思うんだけど、どう思う?」

私もいつもよりちょっとだけ大きな声で答えた。

「うん、それは好きのはじまりだと思う。その人は私の知ってる人?」

ハナがそう聞いてきたので、私は勇気をふりしぼって答えた。

「うん。焼き鳥を焼いている人」

マサルの反応が怖くて怖くて、マサルの方を見られなかった。全身の血液が一瞬にして顔に集まってきたかと思うほどに、顔に熱を感じる。それをごまかすかのように、私はマサルの焼いた焼き鳥を口に入れた。

私はさっき、すごく遠回しに遠回しに告白したのだ。「好きです。付き合ってください」という言葉以外で告白したのは人生ではじめてだった。「YesかNo」かで返事を待てばいい告白とはわけがちがう。そもそもマサルに私の気持ちが伝わっているかどうかは定かではない。焼き鳥やさんなんて、この世に数えきれないほどいるのだから。この後の展開が全くよめず、私はどうしたらいいかわからなかった。

すると突然、マサルが会話に入ってきてドキッとした。

「まずはさ、その人に連絡先をきけばいいと思うよ。その人もきっとさ、サキちゃんのこと気になってると思うんだよね。好きのはじまりを感じてると思うんだよね」

マサルは焼き鳥に目線を向けたままそう言った。マサルの両耳がピンク色になっていることに気がついて、私の気持ちがちゃんと伝わっていることがわかった。

「うん。あとで連絡先きいてみる」

私はそうつぶやいた。

そしてお会計のあと、マサルに連絡先を聞いた。マサルは特に顔色1つ変えずに「いいよ」とニコッと笑ってスマホをズボンのポケットから取り出したけれど、耳だけが真っ赤になっていた。その感じがすごく可愛くて可愛くて、マサルの耳に触れたくなった。

ピンク色ののれんをくぐり店を出たあと、私とハナはカタカタとカタカタをくっつけて、キャーキャーいいながら夜道を歩いて帰った。

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それから私たちは何度か2人でごはんを食べに行った。そして、付き合うことになった。

私は一緒にいればいるほどマサルのことが好きになって、こんなに愛おしいと思う人ははじめてかもしれないと思った。

土日休みの私と、土日出勤でしかも夕方から仕事がはじまるマサルは、デートらしいデートはできなかった。毎週金曜日の夜、私とハナは誘い合っておはなに焼き鳥を食べに行き、ハナは先に1人で帰る。マサルは夜中の0時に仕事が終わるので、私はカウンター席の端っこで彼を待った。スマホをいじったり本を読んだり、マサルやほかのスタッフさんと言葉を交わしたり、常連のおじちゃんたちと他愛のない会話をしたりして時間を過ごした。仕事が終わると、夜中の1時半まで営業している「ひびき」でラーメンを食べる。そしてマサルの家に泊まって、土曜日の午前中は2人でのんびり過ごし、楽な格好で近所にお昼ごはんを食べに行く。午後3時をすぎると、マサルは仕事に向かう。

金曜日の夜から土曜日のお昼は、ほぼ毎週、そんなふうに過ごした。

マサルと付き合いはじめて、私は前よりも自分がうすくうすくなっているような気がしてならない。

自分は何が好きなのかや、自分は何を心地よく感じるのかや、自分は何をいいと思うのかを、これまでは1番大事にしてきた。その感覚ができるだけ近い人を好きになろうとしたし、好きになってきた。

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でもマサルは、知れば知るほどに私と正反対だった。

たとえば、私はカウンター席が好きで、マサルはテーブル席が好き。

私は醤油ラーメンが好きだけれど、マサルは塩ラーメンが好き。

私は夜お風呂に入るけれど、マサルは朝にお風呂に入る。

それこそ働く時間や曜日も全くちがうし、見たい映画も全く交わらない。

でも好きで好きで仕方がなくて、マサルのことなら何でも知りたくなる。

付き合ってしばらくたった頃、いつものようにひびきにラーメンを食べ行った。

「マサル、今日はテーブル席に座ろうよ」

私がそう言うと、マサルは不思議そうに言った。

「いいけど、カタカタとカタカタを隣り合わせなくていいの? 食べている口を真正面から見られるのが恥ずかしいんじゃないの?」

私は「今日はそういう気分なの」とだけ言って、テーブル席に座った。そして、塩ラーメンを2つ注文した。

「サキちゃん、どうして今日は醤油ラーメンじゃないの?」

マサルが不思議そうに聞いてきたけれど、「なんとなく」とだけ答えた。

そしてマサルの家に着くと、私はお風呂に入らずに眠った。朝起きたら、マサルと一緒にお風呂に入って、マサルが見たかった映画をみて、お昼にはマサルが食べたいと言ったインドカレーを食べにいった。マサルが仕事に出かけると、私は1人になった部屋で、マサルの服を洗濯した。お風呂掃除をした。窓をふいた。

家事が得意ではない一人暮らしのマサルの喜ぶ顔が見たかったのもある。でも、マサルの部屋で家事をしているそのこと自体が幸せだった。好きな人の匂いがふんわり残る服を洗濯し、好きな人が毎日入るお風呂を掃除し、好きな人が寒くないように風を防ぐその窓をふくことが、幸せで幸せでたまらなかった。

もちろん、やっぱりカウンター席の方が落ち着くし、食べる口元を見られるもやっぱり恥ずかしい。醤油ラーメンの方がやっぱり好きだし、寝る前にお風呂に入った方が気持ちよく布団に入れる。

でも、マサルとテーブル席で目を合わせて他愛のない話をするのは幸せだったし、塩ラーメンだって食べてみると案外おいしかったし、朝目覚めてすぐに入るお風呂だって気持ちが良かった。

私は、好きで好きでたまらないマサルに出会って、マサルのもつ色に染まってみたくなった。マサルの好きなことを私もやりたくて、マサルの心地いいと感じることをやってみたくなって、マサルがいいと思うものに触れたくなってしまう。

自分は何を好きで、何が心地よくて、何がいいと思うのかが変わったわけではない。その上であえて「マサルに染まってみる時間」は、私の「いつも通り」を崩した。

それは、私をひと回り広げてくれる。

私の世界をひと回り豊かにしてくれる。

だれかを好きになるということは、

きっとそういうことなんだ。

だれかとつながるということは、

きっとそういうことなんだ。

そんなことを感じた。 

人生のうちのいくらかの時間、自分をうすくうすくして、「好きだな」と感じる誰かと溶け合ってみる。それはなかなかいいものだなと思った。

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「ねぇ、おはなっていうお店の名前は、だれが決めたの?」

ある日私はふと気になって、なにげなくマサルにたずねた。

「俺だよ。ハワイ語で『家族』っていう意味なんだ。3年前にさ、親父が死んでしまって。母親は俺が小さい頃に事故で死んでしまっていたし、俺は一人っ子だし、おじいちゃんとおばあちゃんももうみんな死んでしまっているしで、そのとき俺には家族がだれもいなくなってしまったなぁって思ったよ。でも親父がいなくなった後も、常連さんたちは変わらず店に来てくれた。ここは自分たちにとって2番目の家なんだから、がんばって続けてくれよなって言ってくれる人たちもたくさんいて、なんとかここまでやってこられたんだ。1年くらいたったころ、休みの日にのれんを洗って干していたんだけど、風で飛ばされてしまったのか、なくなってしまって。新しいのれんを作らなきゃってなったときに、心機一転、店の名前を変えてみるのもいいんじゃないかと思って。ちょうどその頃、ハワイ好きの常連さんの1人がめずらしくすごく酔っ払っていて、『人類みなオハナだ〜』って俺にからんできたんだ。『オハナって何ですか?』って聞いたら、『家族っていう意味だけど血のつながりを超えたもっと大きな意味での家族ってことだよ』って言ってた。わかるようなわからないような感じだったけれど、その言葉はなんだか僕を癒やしてくれた。僕にはもう血のつながりのある家族はいないけれど、父が残してくれたこの店がある。この店でいっしょに働く仲間も、ここに通ってくれるお客さんたちもいる。みんなみんな、僕にとっては大きな意味での"家族"なのかもしれない。そう感じて、お店の名前を『おはな』にした」

マサルはまるで息切れしそうなくらいに一気に、そしてまっすぐ私の目を見て話してくれた。

「サキちゃんもね」

最後につけたしたその言葉を言うときだけ、マサルは私の目を見てくれなかったけれど、ふとマサルの耳をみると真っ赤になっていた。

私はマサルの耳をさわりながら聞いた。

「のれんの色は、なんでピンク色なの? なんでひらがなで『おはな』なの?焼き鳥やさんっぽくないから、逆にインパクトがあるけどね」

マサルは笑いながら答えた。

「家族といえばピンクでしょ。それに俺はピンク色が好きだな。温かいものは全部ピンク色をしている気がする。あと、ひらがなの方がなんかホッとしない? その日1日どんなことがあったとしても、ピンク色に『おはな』って書かれたのれんをくぐってお店に入ると、なんだかホッとして元気が戻ってくる。そんなお店にしたいな。それが『おはな』でしょ?」

マサルの想いが私の心にじわっとしみこんで、涙腺がふわっとゆるむ。

今日はじめて知った「おはな」に込められた想い。

マサルのことが好きで、マサルが大切にしている「おはな」が好きで、マサルがその「おはな」に込める想いがすごく好きだな、と思った。

私はそんなマサルに何ができるだろう? 服を洗濯したり、お風呂掃除をしたり、窓をふいたり、そんなことしか思い浮かばなかった。

「サキちゃん、僕のことすごい好きでしょ? にじみでてる」

マサルが急にそんなことを言ったので、今度は私の耳が真っ赤になる番だった。

「自分のことをすごく好きでいてくれる人がそばにいてくれる。僕はいつでもそこに戻ることができる。それってもう家族だよね。『おはな』だよね。横に居てくれるだけでもう十分。サキちゃんがいてくれてよかった」

私のカタカタと、マサルのカタカタは、くっついている。

好きな人の横で、その好きな人に「横にいるだけで十分」だと言われた私は、これ以上を想像できない幸せに溶けてしまいそうだ。

私にとっての「おはな」もマサルだよ。

私も心の中でそうつぶやいた。


▼作者「もよもよ」さんのnote▼

▼藤ハルカのやさしいマヤ暦▼


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