エッセイ「back numberのハッピーエンドに想いを馳せる」
音楽にはあまり明るくない。ラジオやYouTubeで流れてくるもののなかで、耳に残ったものを何度か聴く程度。それでも数年前、手痛い失恋をした頃に、繰り返し繰り返し、本当にしつこいくらいに聴いてた曲。それがback numberの「ハッピーエンド」だった。
手痛い失恋についてはさておき、初めて「ハッピーエンド」を聴いた時、あまりに精密に編み上げられた歌詞に鳥肌が立った。清水依与吏さんが、どこまで考えて作られているのかは分からないが、自分なりにその細やかな言葉の計算を読み解いてみた。勝手な解釈をすることを、どうか許して欲しい。
■ とりあえず聴いてみて
知らない方もいらっしゃると思うので、まずはお聴きいただきたい。福士蒼汰さんと小松菜奈さん主演の映画「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」主題歌でもあり、MVには唐田えりかさんが出演されている。唐田さん色々あったけど、とても可愛いから応援してる。
■ そして歌詞を読んでみて
それでは歌詞をお届けする。字面として是非読んでみて、凄さを分かって欲しい。心してお読み下さい。(何様だ)
■ 登場人物と状況
歌詞を簡単に整理すると、こうなる。
・登場人物
「私」と「あなた」のふたり
・状況
「私」は「あなた」に別れを切り出されている。
■ 萌えポイント①「さよなら」
わたしが最大にして最高の使い方だと思う「さよなら」の使い方。歌詞冒頭「さよならが喉の奥につっかえてしまって」のひとことで、別れ話をしている状況と、「喉の奥につっかえてしまって」で、別れに気持ちがついてきていないことを秒で説明出来ている。凄い。(語彙力)
出てこない「さよなら」、その代わりに「ありがとう」が出る。しかも「咳をするみたいに」出る。咳という言葉が、別れの苦しさに締め付けられる喉、に的確にリンクする。
私だけかもしれないが「咳をしてもひとり」という尾崎放哉の俳句に、咳という言葉の持つ寂しさを植え付けられた気がする。学校の勉強って凄い影響力。
そしてサビの最後「嘘だよ、〇〇」を辿って見てほしい。ハイここ、テストに出ます。(誰だよ)
1番「嘘だよ、ごめんね」
2番「嘘だよ、元気でいてね」
トリ「嘘だよ、さよなら」
お気付きだろうか。冒頭で言えなかった「さよなら」はまず「ありがとう」と姿を変えた。その後「ごめんね」「元気でいてね」と変化して「さよなら」に辿り着く。ちなみに「ごめんね」と「元気でいてね」の間に「平気よ大丈夫だよ」という強がりも、密かに挟まる。
「ごめんね」
「私」が別れに納得出来ず、ずるずるとした長い別れ話をしてる様子が目に浮かぶ。それとも「ごめんね」と言わしめる何かを「私」は、したのだろうか?と想像が膨らむ。歌詞を通して一貫している「あなた」の人間性の良さ(恋って盲目!)から、自然と「ごめんね」と言わせているのかもしれない。普段から「ごめんね」を連呼する子なのかもしれない。なんとなくそういう人の恋は、重くウェットになりがちな気がする(勝手なイメージすぎる)。想像、というより妄想を掻き立てるワード「ごめんね」である。
「元気でいてね」
ごめんね→元気でいてね、への変化は名曲「木綿のハンカチーフ」を連想させた。男女交互に相手への想いを歌うこの曲の歌詞。互いの最後は下記で締めくくられる。
男「はなやいだ街できみへの贈り物さがすつもりだ」
女「都会の絵の具に染まらないで帰って」
男「都会で流行りの指輪を贈るよ」
女「あなたのキスほどきらめくはずないもの」
男「スーツ着たぼくの写真を見てくれ」
女「からだに気をつけてね」
男「ぼくは帰れない」
女「涙拭く木綿のハンカチーフください」
男の心が自分から離れていると気付き、女がそれを静かに受け入れた時「からだに気をつけてね」や「元気で」と相手の状況や体調を慮る。なんか分かる。スーツ着たキメキメの写真見てスッ…と恋が遠ざかってるのかもしれない。(心当たりあるうゥゥゥ〜!!笑)
失恋初期に相手に伝える「元気で」は、精一杯の強がりで、大人ぶって無理して、一生懸命に別れを受け入れているだけだったりする。一方で、大好きだからこそ元気でいて欲しいと、本気で願ってもいる。とは言え心は置いてきぼりなので、どこか冷たく突き放した感じになる。
失恋後期の「元気で」は、もう伝える相手が居ないので、ただただ心の中でのみ呟く言葉になる。誰かを本気で愛した気持ちは、必ず美しい思い出に変化して、心の中の宝箱の片隅でひっそりと眠る。勿論、昇華していく途中に、憎しみや恨みがあってもいい。別のヒトやモノをよすがにしてもいい。
大丈夫。その時に「あなた」が居なくても、いつか絶対に言えるようになる。笑顔で「元気で」と。
話が逸れたが「ハッピーエンド」のこの「元気でいてね」は絶対に失恋初期のものである。音楽に乗せているので優しく温かい印象を与えるが、別れ話をしてる時に、相手を真に慮ることなんて出来ないんだよ!強がりなんだよ!気付けバカ!(どうした)
「さよなら」
ありがとう→ごめんね→元気でいてね
失恋のステップを、確実にあがっていく「私」。
階段はきつく、息も絶え絶え。
そして力尽きて最後に言うのだ。
「さよなら」と。
「喉の奥につっかえてしまって」言えなかった「さよなら」を。「次の言葉はどこかとポケットを探して」「奥にあった想いと一緒に握り潰し」て、やっと出てきた「さよなら」を。
ついに言う。
この心の変遷の表現力は、もうただただ凄い。
■ 萌えポイント②「青いまま枯れる」とは
繰り返されるサビ「青いまま枯れていく」について、皆さんはどのように解釈されるだろう。「青いまま、枯れる」は、サビに相応しい、耳に残るパワーワードである。「枯れる」という言葉に「青い」がかかるのであれば、「青い」は植物がまだ若いことを示す。
青いまま、枯れる。熟れることなく、枯れる。
今にも地面に落ちそうなほど甘く熟れ、枝に重くぶら下がる果実。その重さにたわむ枝の先に、実った果実が実り、柔らかく甘くなり、芳しく香りを放つ。そんな様子を対にするならば、熟れることなく、水分が抜け、しぼみ、表面がかさつき、次第に固くなっていく。
そんな様を「青いまま枯れる」という言葉は、連想させる。
これは言わずもがな、ふたりの恋を指す。一度は実った恋が、その実の熟成や収穫を(何を以て収穫とするのかは分からん。結婚?)待たず、好きなまま別れてしまう、ということだと思う。
だけど、本当に、それだけだろうか?
「青い」は、若いということ(青二歳とか言うデショ)。対して「枯れる」は年老いていくさまをイメージさせる。
ちなみに、この対義語の手法は広告でよく見る。
ギャップ法というらしく、「世界の誰もがあなたの敵でも、私はあなたの味方です」というような技術らしい。
そんな小手先の手法は兎も角。
「青いまま枯れる」という言葉からは、どうしても「人生でただひとりのひと」という印象が、ちらつくのだ。
一人にしないよと言ってくれた「あなた」
勇気を出して初めて電話をくれた「あなた」
相変わらず暢気な「あなた」
気が付けば横にいて別に君のままでいいのになんて勝手に涙拭いた「あなた」
見える全部聴こえる全て色付けた「あなた」
「青いまま枯れていく」という言葉には、今後の人生で、あなた以外のひとを愛することは、二度とないだろう。そんな強く悲しい確信が見える。人生で最後の人、と覚悟たらしめるほど、それくらい、深く深く「私」は「あなた」を愛していたのだ。
■ 萌えポイント③「ハッピーエンド」の解釈
そろそろこの歌詞の凄さが分かっていただけただろうか。それとも「しつこいなコイツ」と思っている頃だろうか。多分後者なので、ここらで最後にしたい。
こんな疑問は湧かないだろうか?
なぜタイトルは「ハッピーエンド」なのか?
初めから終わりまで、一貫して悲しみに溢れ、何もハッピーではない。何を以てハッピーエンドと、この曲に、清水依与吏さんは名を与えたのだろう。
答えはここにある、とわたしは思う。
「なんてね 嘘だよ」
またそこかい、と思うかもしれない。
しかしよく考えて欲しい。
「青いまま枯れる」のように繰り返す「なんてね、嘘だよ〇〇」は、サビを閉じる大切な扉である。
「なんてね、嘘だよ〇〇」の全ての前に、表題「ハッピーエンド」を入れてみて欲しい。
ハッピーエンド、なんてね、そんなの嘘だよ。
と、失恋を通して広がる、茫漠とした諦めが、そこには横たわって見えないだろうか?
何もなかったかのようにキスをしてハッピーエンド、別れても私をずっと覚えていてくれればハッピーエンド、何もいらないと言って離さないでいてくれたら、本当はもっとハッピーエンド。
分かっているのだ。そんなことは夢でしかない。別れは現実であり、目の前には泣かない私に「ほっとしたあなた」。大好きなひとの前ですら、いや大好きなひとの前だからこそ、出てこない、涙。
そんな時「あなた」になんて言えるだろうか?
そう、そうなのだ。
「なんてね、嘘だよ」なのだ。
嘘が、束の間見た夢を引き立たせ、そして否定する。
嘘が、ハッピーエンドを否定する。
メロディの素晴らしさに隠れた、精密で巧みな言葉繰り。心のこわばり、つよがり、諦念という起伏のある心象風景の表現。これでもか、とそれを見せつけることもなく、最後まで慎ましく、優しいテンポで駆け上がる。圧巻である。
■ おわりに
ここまで読んでいただき、まずはお礼を申し上げたい。わたしが頭の中で永遠とこねくり回していた勝手な解釈にお付き合いいただき、ありがとうございました。
わたしが鳥肌が立った理由を理解いただければとても嬉しい。ここまで書いて、本文が4,000文字を超えていることに自分で少し引いている。これでも抑えた方なのだけど。
「わたしはこう思う!」「こんな解釈じゃない?」など、ご意見あればコメントいただけば嬉しく思う。しかしわたしはback numberの曲はこの曲と「ヒロイン」くらいしか知らないので、ご承知おきください(笑)。
言葉に対しては、いつまでも、永遠に変態でいたいと思う。2023年、酷暑の札幌より。
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