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小説「イエス know 枕」

石田夫妻に子供は居ない。出来なかったのだ。
とはいえ子供が出来ないことに、いつまでも悩むふたりではない。ふたりしか居ないからこその暮らしに、結婚してから今の今まで、時間もお金も惜しみなく注いできた。

ふたりの寝室には所謂「イエスノー枕」が鎮座しており、白地に赤文字でYESとNOが裏表にプリントされている。石田夫の忘年会の景品か、石田嫁の女友達からの冷やかしか、既に記憶は定かではないが、その枕は結婚してからずっと、くまなくふたりを見てきた。涙でノーを濡らした夜も、イエスを抱えて愛し合った、まっさらな朝も。



ふたりはともに土日休みのため、土曜日は各自自分の好きなことをして、日曜日はふたりで過ごす。日曜の午前中にふたりで1週間分の家事を片付けて、午後からは目的もなくドライブをしたり、はやりのお店に食事に行ったり、家で映画を観たりする。ふたりの決まりはまだある。お風呂掃除は石田夫が、洗濯は石田妻がする。料理は石田妻が、茶碗洗いは石田夫がする。ゴミ出しは夫がするが、玄関掃除は妻がする。トイレの便座は上げないで用を足す。トイレを出る時は必ず蓋を閉める。帰って来たら靴を揃える、などなど。主に石田夫のための決まりではあるが、新婚当初に決めてから日々を重ねるにつれ、追加したり削ぎ落としたりして今に至る。

そんな平和なふたりのある日。石田夫が結婚指輪を無くした。土曜日の夕食に、赤ワインを湛えたグラスを機嫌良く傾けながら、
「無くしちゃった」
と石田夫は、たははーと笑った。
「は?」
石田妻はキレ気味である。
妻の冷たい怒りを瞬時に察知した石田夫。
「…そのうち出てくるでしょ」
と、もじもじと、気まずそうに答える。カトラリーを出す石田妻は、複雑な表情である。

翌日の日曜の朝「今日はひとりでいたい」と石田妻は冷たく言い放ち、つんとすました顔で出掛けて行った。

柔らかい毛布の隙間からそんな妻を見送った石田夫は「まいったなぁ」と思ったが、元来能天気な男である。妻の心、夫知らずである。あ、親知らず抜かないとな、などとどうでもいい思考を続けるうち二度寝に戻った。

二度寝から目覚めた石田夫は遅いブランチを取り、金曜の夜にデパートで受け取った紙袋を、そっとリビングのテーブルに置いて家を出る。特に行くあてもなかったが、せっかくの休日なので、自分も出掛けることにした。

石田妻はというと、車を走らせてお気に入りのコーヒーショップに入った。大きな通りから1本入ったところにひっそりと佇むこのコーヒーショップは、石田妻の秘密の隠れ家だ。寡黙な店主が丁寧にドリップして淹れるコーヒーは、彼女を全ての役割から解放してくれる。なみなみとコーヒーが注がれた大きなマグカップを、両手で包み込む。温かいコーヒーをひとくちすすると、不思議と気持ちはほどけていく。石田妻は思う。夫は悪くないのだ、何も。

実は先日、石田妻は自分が妊娠出来ない身体だと知った。高齢出産の年齢に差し掛かる前にもう一度、子供を持つという選択を検討しようと考えたのだ。正直なところ、もう夫のことは男性として見れなくなりつつあった。だから無くしたと言った結婚指輪を、仮に、どこか別の女性のところへ置いてきたとしても、そこまで憤りを感じることはないと思う。

ただ、これから先の人生で子供をもうけなかったことを後悔する日が来る気がした。結果は絶望。子はかすがいと言うが、かすがいになる存在は二度と、ふたりの人生には現れなくなった。

子供が出来ない原因が自分にある、ということが石田妻は許せなかった。夫に申し訳ないと思うより先に、夫に対して強烈な嫉妬を感じた。夫は子供を持つ能力があるのだ、私とは違って。可能性があるということに、憎しみにも似た気持ちと、言いようのない悲しみを、石田妻は抱えることになった。石田妻は夫に優しく出来なくなった。夫は何も知らないし、何も悪くない。ただただ不完全な自分が許せずに、夫を冷たくあしらってしまうのだ。
そんな折りでの結婚指輪紛失事件である。優しくしろと言うほうが無理な相談である。指輪が無くなったことも、どこか運命めいた気がしてくる。

「そういえばあの結婚指輪、いくらだったっけ?」と、お値段を思い出し「いや、やはりあいつが悪い」と、石田妻は思い直す。

冷たくなったマグカップを置く。夫はおそらくひとりでジムにでも出かけただろう。家に帰ろう。帰る場所は、家しかない。

さて、石田夫は結婚して初めて、日曜日にひとりで外出をした。ジムに行って汗をかき、シャワーを浴び、そのまま映画館へ入った。楽しみにしていた新作アニメだったが、思いのほか面白くなかった。ガッカリしたのでビールを買い、二本目の映画を観ることにした。こちらも楽しみにしていた戦隊モノのアクション映画だったけれど、展開が早すぎて登場人物が覚えられなくなり、ストーリーが分からなくなってしまった。結局眠くなり、後半はほとんど寝ていた。その後はサウナに行き、リクライニングチェアで、またうたた寝をした。サウナを出てからは立ち飲み屋で、焼き鳥をつまみに、ひとり早い晩酌をした。

そこでネタ切れとなった。ひとりで楽しめることが、もう自分には無かった。
妻と一緒ならば楽しめることが、自分ひとりだけだと途端に馬鹿馬鹿しく、哀れに感じる。頭の良い妻がいないと映画のストーリーやセリフの意味合いも分からないし、流行りのフラペチーノは恥ずかしくて頼めない。見た目よりもずっと大喰いな妻が居ないと、外食も楽しくない。

一方、帰宅した石田妻は、キッチンのシンクに置きっぱなしの皿を見てゲンナリした。ここまで皿を運べるならば、ついでに洗えといつも言っているのに。

ふと、リビングに置かれた紙袋が目に留まる。
高級ブランドのロゴが入った紙袋である。

浮気相手へのプレゼントだろうか?
それとも浮気相手からのプレゼント?
せめて、パン屑を拭いてから置けばいいものを。

「妻へ」
と書かれたメモが添えてある。どうやら自分宛のようだった。石田妻は恐る恐る、包みを開ける。

指輪がふたつ並んでいた。シンプルなデザイン。今の結婚指輪に、良く似ている。夫のメモは続く。

「妻へ(カッコつけて妻へ、とか書いちゃった笑)
もうすぐ結婚記念日なのに、結婚指輪を無くしてしまいました。ごめんなさい。大事にしてなかったわけではないのですが、どんくさい僕なので、どこかへ行ってしまいました。指輪と違って、どこへも行かないで、側にいてくれてありがとう。愛しています。こんな僕ですが、もう一度、僕と結婚してくれますか?」

石田妻はコレが夫のジョークだと気付いていた。きっと指輪は本当に無くしてしまったのだろう。恐らくお風呂掃除か茶碗洗いのときに。
「傷付くのいやじゃん」と言って外すから無くすのだ。外したらすぐ着ければいいのに、そのまま「終わった終わったぁ」とか言って寝転んでスマホを見るからだ。どうせそのへんに落ちていて、そのうちルンバから出てくるに決まってる。悪態を付きながら、それでも石田妻は思う。涙が溢れるのはどうしてだろう。

夫の、その能天気さに、いつも、どこか救われている自分がいる。子どもが居ても居なくても、どんなに時が経っても、変わらずこの人は、きっと私と一緒に居てくれるのだろう。不思議な、でも確かな確信が、石田妻の胸に広がる。

「でもお皿は洗っといて欲しい」
石田妻は、ずびび、と洟をすすった。

石田夫が帰宅した時、妻は既に寝ているようだった。リビングに紙袋は無かったので、妻は指輪を受け取ってくれたようだ。あれで機嫌を直してくれればいいのだが。

立ち飲み屋で纏わりついたタバコ臭さが気になって、本日三度目のシャワーを浴びた。濡れた肌の奥は乾燥し、シミが目立つ。陰毛にも白い物が混じる。心はいつまでも単純で少年のままなのに、身体の変化は残酷である。

しかし妻はどうだろう。いつまでも美しく聡明で、出会った時のまま変わらないステキな女性だ。自分には勿体無いほどの。

妻は、無くした結婚指輪の代わりの新しい指輪を、本当に受け取ってくれたのだろうか。

ふざけてプレゼントにして妻の怒りを誤魔化そうとしたが、かえって妻の、自分への愛情を試した結果となってしまった。

こんな僕を、これからも愛してくれるだろうか?
本当はもう指輪を外したいと、別れたいと思っているとしたら?

言いようもない不安を抱えながら、そろりそろりと寝室に足を踏み入れた。石田夫の愛用の低反発枕の上に、イエスノー枕が重ねて置いてある。

イエスだった。

石田夫は妻の横に滑り込む。すっかり冷えて乾燥した足先に、妻の温もりが優しかった。石田妻も冷たい夫の爪先を感じ、夢うつつにその足を、自分のふくらはぎで包み込む。

病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、互いを愛し、敬い、慈しむ事を、誓いますか?

あの日、ふたりの答えはイエスだった。
そして、今も。

イエスの逆はノーなのか?ノーの逆はイエスなのか?
イエスノー枕のように、男と女は、ましてや気持ちと物事は、そんなにシンプルに出来ているのだろうか?時が経って、既に男と女ではないのかもしれない。子供を持つことは恐らくないだろう。これから先、心変わりがあるかもしれない。それでも。

どんな夜も、この枕は知っている。
この人と生きていくと、誓ったあの日を。その日から重ねてきた、日々の尊さを。

心の奥底にゆるりと横たわる愛情の存在と、互いの息遣いを、ふたりは同じように感じて眠りについた。


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