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わたしの小さなサバイバーズ・ギルト

今年も母の日を迎えました。
世のお母さん方は多かれ少なかれみんなそうだと思いますが、うちの母もなかなかの苦労人です。
特に今のわたしと同じくらいの年齢のころ、母はおそらく人生のどん底を味わっていたと思います。

本人に許可を得ていないので詳しくは書けませんが、幼い子どもたちを抱えて途方に暮れる暇もなく、とにかく衣・食・住を与えてやることに精一杯だったと思います。それも一年や二年の話ではありません。もちろん自分のことに構う気持ちの余裕もお金の余裕もほとんどなかったでしょう。母を取り巻いていたのは、その立場になったら人の道を逸れてもおかしくないような状況でした。


それでも母は、いつでも誇り高い人でした。
確かに余裕のある暮らしではなかったけれど、わたしたちの本当にやりたいことを、大人の都合であきらめさせるようなことは一度もありませんでした。
人やモノに当たったり、自暴自棄になったりすることも、少なくともわたしたちが知る範囲ではありませんでした。
人に弱いところなど見せず、一般的な父の役割も母の役割もこなし、いつも毅然と振る舞い、自分の信念を曲げずに行動し続け、そしてわたしたちのためになることを何よりも重視した決定をしてきた母。
文字通り、わたしたちを育て上げることに自分の人生を費やしてきた人です。

わたしは第一子なので、あたかも母の様子を一部始終見てきたつもりになりがちなのですが、実際には母のつらさや苦しさの一割も見えていなかったと、自分が当時の母の年齢に近づいた今は思います。
誕生日とクリスマスには必ずケーキを買ってくれたし、わたしたちの夏休みには必ず一度、遊びに連れて行ってくれました。その裏で、欲しい口紅も会いたい人も、あきらめたことはきっと一度や二度ではないでしょう。

こんな風に母の人生に思いを巡らせていると、どうしても今の自分と比べてしまうのです。


わたしは母の努力(と、のちに軌道に乗った父の事業)のおかげで、自分のやりたいことばかりやってこられました。中学受験にはじまり、高校生でドイツへの交換留学、そして日本の大学を中退してまで行った、ドイツの大学への正規留学。ドイツは生活費も学費も特別高くはないと思われる留学先ですが、それでも親の理解と様々な支援がなければ実行に移せなかったのは事実です。

また、母が今のわたしの年齢だったころと比較すると、わたしはいま、信じられないほど幸せに暮らしています。
夫は勤勉・勤労で、ふたりの希望だったアメリカ赴任を成し遂げてくれましたし、自他ともに認める「妻ファースト」の人です。
夫の理解と応援があるからこそ、わたしはいま自分のやりたいように、フリーランスとして好きなことで活動できているのです。

自慢でも惚気でもなく、わたしはいまとても幸せです。


一方で、
「お母さんは大変な苦労をしてきたのに、かたやわたしはこんなに幸せで、悪いなあ」
という思いも常にあります。
同じ状況を生き抜いてきた(もちろん、母と子なので立場は全然違いますが)ことで生まれた、一種の、小さな小さなサバイバーズ・ギルトのようなものだと思っています。

サバイバーズ・ギルト (Survivor's guilt) は、戦争や災害、事故、事件、虐待などに遭いながら、奇跡的に生還を遂げた人が、周りの人々が亡くなったのに自分が助かったことに対して、しばしば感じる罪悪感のこと。(Wikipediaより)

もちろん、親の立場からすれば、子どもが立派に育ち、巣立ち、そして幸せに暮らしてくれることが何よりの親孝行でしょう。「わたしはこんなに不幸せだったのに…」という親も中にはいるという話も聞きますが、うちの母がそれに該当しないことは、人の心の中が読めないわたしにもわかります。
それに、母が不幸だったからといって、「わたしも不幸にならなければいけない」とも、当然思っていません。
それでも、母が不幸だったことは完全に自己責任だ、とも思えません。運が悪かったことは、自己責任とは言えないからです。


去年の夏のことです。
わたしと母は旅先で、洗面台の前に立って身支度をしていました。
メイクの話か服の話か、何についての話をしていたかは覚えていないのですが、わたしが
「自分の好きなものやいいなと思うものを、『もういい歳だし…』っていう理由であきらめるのは嫌だな」
と言うと、母はこう言いました。
「好きなものは好きでいていいと思うよ。ちょうど三十代って、お金にも心にも余裕ができはじめる時期じゃない?多くの人は」
そう言った母の横顔は、少し寂しげ……というわけでも特になかったし、最後の一言も大きな意味が(「自分は違ったけど」というような)あって言ったわけではないと思います。
ただ、こんなとき、わたしの心の中の小さなサバイバーズ・ギルトがうずくのです。


過去に母に起こったことを、わたしがこれから変えることはできません。だから、わたしの小さなサバイバーズ・ギルトを消すことは、たぶんできないのだと思います。
わたしにできることは、ただ幸せに暮らしていくことだけ。解決にはなっていないし、何も変わりはしないけれど、でもきっとこれが真理です。


お母さん、ありがとう。



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