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しずくの気持ち。

恐い恐い顔をして、ぼくらを睨みつける人がいる。
悲しい悲しい顔をして、ぼくらを呆然と見つめる人がいる。

ごめんなさい。
そんなつもりじゃ、なかったんだ。
ぼくらは、滴り落ちるその場所を、選べないから。



土に還れたなら。
空気に還れたなら。
水に還れたなら。

委ねるほかない運命の、その行き着く先が、土や、空気や、水だったなら。
消えゆくぼくらの命の、そのさいごの煌めきは。
円く円く、世界を映し出して。
その美しさを、だれかの記憶にとどめて。
また球を描き舞い落ちるそのときを、こころ待ちにするのだろう。



雨として街に降り注ぐことになったそのときから、ぼくらは覚悟している。
色とりどりに咲く、傘の上。
ぼくらはふわり、舞い降りる。
色とりどりの傘たちは、たたまれて、あるいはたたまれないままに、家路を急ぐ人の群れとともに、地下へと吸い込まれていく。

くるりと下を向いた傘の、その先端に、ぼくらは集められる。
引き寄せる力になされるがままに。
下へ、下へと、滴り落ちていく。

傘に舞い降り、振り払われて、タイルやコンクリートの上で命を終えることができたなら、まだよかった。
土でも空気でも、水でなくてもいい。
雨として街に降り注ぐことになったそのときから、ぼくらは覚悟しているから。
だれの気にも留められず、命を終えることになっても。
ぼくらはそれを、覚悟しているから。


ただ。
だれかに睨まれながら。
憎まれながら。
命を終えることは、したくなかった。
さいごの瞬間に。
だれかに悲しい思いをさせながら、消えたくはなかった。


丁寧に丁寧に磨かれた、だれかの靴の上。
大切な人からもらった、だれかの靴の上。


ぼくらは力なく、ぽたぽたと落ちていく。
くるりと下を向いただれかの傘から、ぼくらはぽたぽたと、落ちていく。
傘の持ち主の顔を、さいごに見上げてみる。
手のひらの四角い画面に見入る、名前も知らないそんなだれかの表情は、柔らかくて、優しかった。


願わくは。
その優しさを、すこしだけ。
近くにいる、疲れただれかに分けてほしかった。
その優しさを、すこしだけ。
目の前の、疲れただれかにも向けてほしかった。

ぼくらは、何もできないから。
ぼくらは、滴り落ちるその場所を、選べないから。

願わくは。
その優しさを、すこしだけ。
消えゆくぼくらにも、分けてほしかった。

傘の持ち主の、その表情は優しかったけれど、ぼくらの円い身体に映し出されたそれは、すこし歪んでいた。
映し出されたのは、顔か、こころか。
ぼくらにはさいごまで、わからなかったけれど。


選べるなら、土に、空気に、水に還りたい。
でも、それがかなわぬ夢ならば。

せめて、だれにも憎まれることなく消えたい。


これははかないぼくらの、しずくの気持ち。
だれかのこころにすこしでも、沁み入ることができたなら。
ぼくらが街に舞い降りたその運命も、無駄ではなかったと。
こころ穏やかに、消えゆくことができるのだろうか。










梅雨が明ける前に書きたかった。
傘の先から滴るしずくの気持ちを。
自分ではどうすることもできない運命を受け容れる痛みを。
今あなたの前に、しずくのような、はかない存在を見かけたら。
不幸な運命に呑みこまれようとしている、か弱い存在を見かけたら。
救えなくてもいい。
癒してあげられなくてもいい。

どうか、気にしてあげてください。








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