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ドストエフスキーと太宰治

ロシア語やフランス語の音読をしたり、数学の論文を見たりしているとすごく感慨深い気分になります。やっぱり世の中には頭のいい人がいるな、という感じというか(笑)

すごいものですね。数学の論文や、例えばロシア語ならロシア語の洗練された設計を見るに、ものすごく卓越した「力」が働いた痕跡が見られるように思います。こういうものを見て、人は「偉大」と言うのかな、というふうにも感じられます。

様々な遺伝子について書かれた論文に目を通しては、その感覚を音楽に変換してみるということを繰り返してみました。すると、やっぱり例の「ああ、頭いい人がいるな」という感じがふつふつと湧いてきます。不思議なことですが、そういうことが世の中にはたくさんあります。

やっぱりどんな分野にも神様の奇跡が働いている感じがして、そういう清いニュアンスは非常に尊い気がします。「あ、ここにも神様が!」という感じ(笑)

色々な中国語のリスニングをしていても、そこには日本語の発音に対する類似性のようなものが見受けられます。私の脳内ではすぐに様々なことが接続しがちなので、適宜、切断も心がけたいところですが、それでもやっぱり全く関係のないように思える事象の間に何らかの相関が発見されると燃えますね(笑) とても楽しいな、と思います。学問や芸術という営為は。

最近は、なんとなく、太宰治の『人間失格』とドストエフスキーの『罪と罰』との関連について想像させられます。『人間失格』も『罪と罰』もそれぞれにものすごく優れた作品だと思いますし、そこにはとても興味深い無数の機序が観察されます。

ПРЕСТУПЛЕНИЕ И НАКАЗАНИЕ

とてもいい響きだな、と思います。

В начале июля, в чрезвычайно жаркое время, под вечер, один молодой человек вышел из своей каморки, которую нанимал от жильцов в С — м переулке, на улицу и медленно, как бы в нерешимости, отправился к К — ну мосту.

Федор Достоевский, "ПРЕСТУПЛЕНИЕ И НАКАЗАНИЕ"

ロシア語の響きと日本語の響きを照らし合わせてみると、それはそれで意義深いニュアンスが得られるように思います。

七月の初め、方図もなく暑い時分の夕方近く、一人の青年が、借家人からまた借りしているS横町の小部屋から通りへ出て、なんとなく思い切り悪そうにのろのろと、K橋の方へ足を向けた。

フョードル・ミハイロヴィッチ・ドストエフスキー, 『罪と罰』, 米川正夫訳, 青空文庫

『罪と罰』の序盤の情景描写の場面では、そのシーンの時刻として「夕方近く(под вечер)」が採用されているという点がまずとても興味深いです。夕方と言うと、「逢魔が時」という感じもして、なんだかリスキーというか、何かの前触れを予感させます。

私は、その男の写真を三葉、見たことがある。
 一葉は、その男の、幼年時代、とでも言うべきであろうか、十歳前後かと推定される頃の写真であって、その子供が大勢の女のひとに取りかこまれ、(それは、その子供の姉たち、妹たち、それから、従姉妹いとこたちかと想像される)庭園の池のほとりに、荒い縞の袴はかまをはいて立ち、首を三十度ほど左に傾け、醜く笑っている写真である。醜く? けれども、鈍い人たち(つまり、美醜などに関心を持たぬ人たち)は、面白くも何とも無いような顔をして、
「可愛い坊ちゃんですね」
 といい加減なお世辞を言っても、まんざら空からお世辞に聞えないくらいの、謂いわば通俗の「可愛らしさ」みたいな影もその子供の笑顔に無いわけではないのだが、しかし、いささかでも、美醜に就いての訓練を経て来たひとなら、ひとめ見てすぐ、
「なんて、いやな子供だ」
 とすこぶる不快そうにつぶやき、毛虫でも払いのける時のような手つきで、その写真をほうり投げるかも知れない。

太宰治, 『人間失格』, 青空文庫

太宰治の『人間失格』の冒頭では、ドストエフスキーの『罪と罰』の場合とは異なり、「写真」についての想起から物語を立ち上げています。これは視覚的なアプローチで、ドストエフスキーの物語が目に直接は見えない時間的な要素からアプローチを開始するのとは対照的です。そして、いずれの物語の場合も、何か底知れぬ闇のようなもの、「魔」のようなものの到来を予感させる不吉なフレーズが卓越した文芸的手腕によって紡がれています。

作家にはそれぞれにそれぞれの文体やアプローチの手法があるように思われますが、太宰治とドストエフスキーの間の関係を照応的に把握してみる試みはとても面白そうです。そのうちやってみたいですね。折を見て(笑)

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