【小説】指切り
「あたし、秋津となら一緒に暮らせそう」
あーちゃんは俯いてノートに文字を書き連ねながら言った。心臓が跳ねる。
「どうしてまた急に」
「だって秋津、あたしなんかと仲良くしてくれるし、かわいいし、ノート写させてくれるじゃん」
にやりと笑ったあーちゃんの手元には、全く同じ内容が書かれたノートが二冊並んでいる。
「ルームシェアってさ、憧れるんだよね。でも花江とか明里とか、あいつらガサツだしうるさいし、男とか連れてきそうだし。絶対無理」
あーちゃんがいつもつるんでいる女の子たちの名前が登場して、眉間に皺が寄る。あーちゃんは高校生になって、変わった。
「秋津はそんなことしないもんね。部屋とか常に綺麗にしてくれそうだしさ。何より昔からの仲だからね! キシンが知れてるってやつ?」
「キゴコロだと思うよ」
あーちゃんは私の突っ込みにも答えず、向こうの席から呼ぶ声に立ち上がって駆けていく。声も存在感も大きな彼女たちに、私は勝てない。
私のあーちゃんなのに。あーちゃんを誰よりも長く、誰よりも強く思っているのは間違いなく私なのに。あーちゃんになら利用されても蔑まれてもいいし、殺されてもいい。あーちゃんの中を流れる血液や髪の毛の先まで、私はあーちゃんを想っている。
長い睫毛から、りんと音が鳴るような。厚ぼったい唇から、小鳥が羽ばたいていきそうな。私のあーちゃんは、そういう人だ。
「秋津、まじごめん! 花江たちと今からカラオケ行ってくるわ。ごめんけど、それ代わりに写しといてくんない? あたしと秋津の字、似てるしバレないでしょ」
机に並んだノートたちを見下ろす。確かに私たちの筆跡は似ている。だけどそれは私があーちゃんの字に似せようと一生懸命練習したからで、運命みたいなものとは違う。私が必然的に、あーちゃんに近づこうとしているだけだ。
愛しくて愛おしくてたまらない。そういうのって、もはや憎たらしくなってくる。どうすれば私のものになってくれるんだろう。どうすれば傷ついてくれるんだろう、私のせいで。
「あーちゃん、待って」
気がついたらノートを持った手を伸ばしていた。あーちゃんが振り返る。その指先に、ノートの端が当たる。
「いっ……」
あーちゃんが顔をしかめる。美しい歪みだと思った。紙で切ったあーちゃんの指から、じわりと血が滲みだした。あーちゃんの血だ。大好きなだいすきな、あーちゃんの血。
「いったー、指切っちゃった」
「舐めとけば治るよ」
「やだ。自分の血なんか見たくもないもん。秋津、舐めて」
あーちゃんが右手の人差し指を差し出してきた。私は躊躇うことなく、かぶりつくようにあーちゃんの指を吸う。遠くであーちゃんの悪友たちが見ている。見て、もっと見て、私と私のあーちゃんを。私はうっとりと目を閉じた。
「あーちゃん、卒業したら一緒に暮らそうね。約束」
あーちゃんの鉄の味が、いつまでも舌の根に残っていた。
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ピリカさん主催、ピリカグランプリに応募させていただきます。しばらく参加したくてもできなかったのですが、久しぶりに!
小説(公募用)執筆の息抜きに小説を書くというわけのわからないことをしました。楽しかった。
ちなみに私は血がすこぶる苦手です。あと他人の血を舐めるってたぶん衛生上かなりよくないです。ギリギリアウトだったらごめんなさい。でも正直、アウトだと思ってもらえるのは本望かもしれません。
ご自身のためにお金を使っていただきたいところですが、私なんかにコーヒー1杯分の心をいただけるのなら。あ、クリームソーダも可です。