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まるごとドライフラワーにしてしまおうか。

自分の身代わりに、花を置いていった恋人。

早朝、まだ暗いうちに布団の中でいってきますといってらっしゃいを交わして彼が数日間の出張へ出かけると、家の中は凪のように静かになった。二度寝しようと布団に潜ってもなかなか寝つけず、いつもの時間にかけたアラームで微睡みの世界から強制送還された。

久しぶりに、ひとり。決して独りでないことはわかっていても、私の中の大事な一部分にすうっと冷たい風が通っていくような、もどかしい寂しさがある。だけど不思議と、心地もいい。

残されたのは私とねこと、スターチスの花束だけ。この花は前の週末、彼が突然買ってきたものだった。

「これ、まうちゃんにあげる」

花言葉を調べ、にまにましながら恋人に伝えたら「そうよ。知らんと思ったか?甘いな^^」と得意げに返される。てっきり花言葉になんか興味がないと思い込んでいたのに、わかってやっていたあたりやはり一枚上手だ。悔しい。花はありがたく頂戴して、「永久不変」を噛み締める。

私より一回りも年上で、だからなのか元々の性分なのか、彼は基本的に現実的で落ち着いている。ロマンチストな部分もあるのは知っているけれど、それがどこで発揮されるのか私は未だに法則が掴めていない。

たとえば彼の場合同じ花でも、夜景の見えるレストランでバラの花束をいきなり差し出す、なんて真似はしないはずだ。けれど想いを込めたスターチスを家に持ち帰り、私の昼寝中に生けておくようなことはする。彼のロマンはそういう絶妙な位置にある、らしい。


なんて穏やかな静けさだろう。
今回、ひとりの時間は耐えがたいものになるはずだと踏んでいた。なのに広々とした布団で寝起きして、仕事に行って人気のない家に帰ってきても、私のリズムはさほど大きくは崩れなかった。

少し前なら、一度遠くに行ってしまったきり二度と帰ってこなくなるかもしれないと震え、既読がつかないだけで最悪の事態を想像してしまうほど不安に打ちひしがられていたのに。
この変化はつまり、私が彼の不在も含めて彼の存在を認められるようになった、ということなのかもしれない。むしろ、ちょっと離れる時間のおかげでほどよくマンネリ解消もできるからいいな、と思えるようになったほどだ。

私たちの生活は、着実に出来上がりつつある。もちろん人の人生だから完璧に完成する日は訪れないだろうけど、私たちだけの形、みたいなものがこの家に形成されつつあるのが見えてきた。


スターチスは、そのままドライフラワーにもできるという。まさか、そういう意味で永遠の花だとは知らなかった。(ねむこさんに教えてもらいました)

今の心地よさも、まるごとドライフラワーにできやしないだろうか。
時が経てば経つほど私たちの関係性は少しずつ変わるだろうし、相手に抱く恋情だっていつかは枯れ果ててしまうかもしれない。でも、もしかしたらその後生まれた感情の方が素敵なものかもしれないし、一概に今が一番、とは言いきれないのが、恋愛の難しいところ。

だからせめて、残しておきたいと思う。生けられたスターチスを堪能したあとは、ドライフラワーにしてみよう。この花を受け取ったときの私たちの心ごと、永遠にしてしまえる方法があるのなら。


恋人の置いていった花は、今も花瓶代わりのコップの中で花言葉ごと息づいている。彼のような人があの言葉を使った、その事実を信じることが何よりも大切だということを、私は充分承知している。


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