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ドラマシナリオ「摩天楼のヘンゼルとグレーテル」

《登場人物》森山雅史(27)米山不動産の居候
      森山孝史(57)雅史の父。森山不動産社長
      森山葉子(50)孝史の妻
      三井奈美(24)葉子の連れ子

○「森山不動産」・外観
   そびえ立つ高層ビル。「森山ビル株式会社」のプレート。

○同・社長室
   部屋の中央に座っている森山孝史(57)。
   孝史の机には「社長」のプレート。
   三井奈美(24)が入ってくる。
奈美「お呼びでしょうか。社長」
孝史「ああ、どうだ、再開発予定地の立ち退きは進んでいるか」
奈美「はい、アパートの住人の2件を残して、すべて終了しました」
孝史「いいだろう、最後まで、気を抜かずにな。気取られないように
 頼む。これは、大きな仕事の始まりなんだから」
奈美「わかりました」
   真剣な奈美の顔。

○森山家・外観(夜)
   立派な邸宅。「森山」の表札。

○同・居間(夜)
   孝史と葉子(50)がソファに座り、お茶を飲んでいる。
   そこに、奈美が帰ってくる。
奈美「ただいま帰りました」
   疲れた様子の奈美。
   葉子が心配そうに奈美に近づく。
葉子「今日も、残業?毎晩、これじゃ、体がもたないわ」
奈美「大丈夫。心配しないで。お母さん。平気よ、このくらい」
   奈美、自分の部屋に行こうとする。
   孝史、立ち上がり、奈美を呼び止めるように
孝史「雅史が見つかった」
   驚く奈美と葉子。
葉子「えっ。いったい、どこに?」
孝史「米山紀子のところだ。うちの家政婦だった。まだ連絡を
 とっていたとは…」
奈美「兄さんがそこに本当にいるんですね。お父さん」
   孝史の苦々しい表情。
孝史「必ず呼び戻すつもりだ。全く、わが子ながら情けない」
   心配そうな葉子の顔。奈美の表情が明るく変わる。

「米山不動産」・外観
   三階建のビルの一階に「米山不動産」の看板。
○同・中
   森山雅史(27)と初老の男性と老女がテーブルを囲んで
          座っている。二人の前には、アパートの賃貸契約書が
   置かれている。正面には雅史が座っている。
大家「とにかく、出てってくれ。毎晩毎晩、でんでんと太鼓をたた
 かれるって、苦情が多くてたまったもんじゃない」
老女「あたしゃ、太鼓なんざたたいちゃいないよ。あたしがたたい
 ているのは、鍋だよ鍋。味噌汁つくる鍋さ」
大家「なんで、鍋なんかたたくんだ」
老女「魔よけだよ。叩いていれば、悪魔も…」
大家「ばかいってんじゃないよ。なんだよ魔よけって」
雅史「まあまあ、お二人とも落ち着いて」
   興奮する二人をなだめる雅史。
   雅史、大家の手を引っ張って店の隅に連れていく。
   老女は、気にせず、一人でブツブツ話している。
大家「(小声で)なんで、あんなばあさんを紹介したんだ。
 俺は何も聞いてないぞ」
雅史「いい人なんだよ。見てのとおり。だって社長、あの部屋で前に
 住んでた人があんなことになっちゃたって。」
大家「(慌てて)そ、その話は、、、」
森 「してないんでしょ。事故部屋だって」
大家「そ、その後、別の人が入所して、もう浄化されてるんだよ」
森 「ああ、すぐでちゃった人ね。なんか見えてたのかな。その人も」
大家「わかった、わかったよ。まったく」
   大家、すごすごと引っ込む。
   にんまりとする雅史。そこに、奈美(24)が入ってくる。
雅史「いらっしゃい」
   愛想良く答える雅史の表情が固まる。
雅史「おまえ、どうしてここが…」
奈美「お部屋を探してほしいんです」
   奈美、にっこり微笑む。
    ×   ×   ×
   店のカウンターを挟んで、座っている雅史と奈美。
   雅史は、照れくさそうに、奈美と目を合わさない。
   奈美は店の中をゆっくり見まわしている。
   奈美のスーツの襟に森山不動産の社員バッジが着いている。
   奈美、慌てて、名刺を取り出す。
奈美「(おどけて)申し遅れましたが、わたくし、こういう者です」
   渋い顔で、名刺を見る雅史。
雅史「企画開発室勤務のお前がなんでまた部屋探しなんか?
 ひょっとして地上げをやらされているのか」
奈美「地上げだなんて。人聞きの悪いこと言わないで、老朽化したア
 パートの建て替えに伴って、転居先を探している方のお手伝いを
 まかされただけよ」
   雅史、不審そうに奈美を見る。
雅史「それでは、どんな方のお部屋をおさがしなんですか?」
奈美「高齢者世帯と母子世帯の二つの物件探しをお願いします」
雅史「母子?お母さんと子どもってこと」
奈美「ええ、それと犬がいてね。犬が飼えるアパートを、今の小学校
 に通える範囲で探したいというのだけど…」
雅史「ふーん。犬か。どんな犬?」
奈美「えっ。どんなって」
雅史「犬の種類は?チワワ?それとも雑種?」
奈美「さあ、そこまでは…」
雅史「室内犬で子どもの癒しになっているのか、それとも、いっしょに
 散歩するのが楽しいのか。そこんとこポイントだよ」
奈美「…」
雅史「高齢者世帯の方は?」
奈美「95歳と89歳のご夫婦なの。ご主人の方は足がお悪くて…」
雅史「介護ヘルパーは、はいっているの?」
奈美「えっ、さあ、どうかしら」
雅史「だって、足が悪いんだろ。介護度はいくつかな?」
奈美「介護度って」
雅史「介護保険でいう介護度だよ。それによって介護サービスが
 変わってくるだろ」
奈美「ごめんなさい。それは、そこまでは把握してなくて」
   口ごもる奈美を見て、雅史がやさしく微笑む。
雅史「いいかい、部屋探しっていうのは、次の人生のステージを
 探す事なんだよ。生活の場所は人生の重要な部分なんだ。
 手伝うなら、責任ももたないと」
   雅史をじっと見つめる奈美。
奈美「それなら、兄さんは、次の人生ステージとして、どんなところ
 を探すつもりなのよ。勝手に出てったくせに」
   奈美を見つめ返す雅史の顔。

○公園
   街を見下ろせる高台にある公園。
   雅史と奈美が並んで立って、街を見下ろしている。
雅史「あそこのアパートだろ。立ち退きをせまられているのは」
奈美「わざわざ現場確認なんて、いったい何のためかしら」
雅史「街は、歩いてみなけりゃわからない。住人の気持ちだって
 想像できない」
奈美「そんなこといって、兄さんこそ、この街の再開発に興味あるくせに」
雅史「それは、興味はある。だけど、俺は、親父とは違う。金儲けしか
 頭にない親父とは見ているものが違うから」
奈美「兄さんが出ってってから二年になるわ。もう、戻る気はないの」
雅史「ああ、そのつもりはない」
   軽く肩を落とす奈美。
奈美「米山さん、ご病気なんでしょ」
   雅史の顔が曇る。
雅史「彼女は俺にとっちゃ、家族も同じなんだ。実の父親より愛情を
 注いでくれた」
奈美「家族か。家族ってなんだろ」
   遠くをみる奈美の視線
奈美「お父さん、いえ、社長は兄さんを呼び戻すつもりよ。兄さんを
 呼び戻すためなら、なんだってやるわ。きっと」
   奈美、雅史に背を向け、歩き始める。
   雅史、奈美の後ろ姿に向かって
雅史「人の心配なんかより、自分のことを心配しろ。
 親父のことだ。お前を政略結婚の道具に使うことなんか…」
   奈美、立ち止り、振り返らずに
奈美「あのお話なら、とっくにお断りしたわ。わたしははじめから、
 結婚なんかするつもりはないから」
雅史「断ったのか、建設会社の御曹司の話」
   奈美、振り返り、雅史を見る。
奈美「いい人だったけどね。彼」
雅史「いい人か…」
   雅史、奈美に背を向け、街のほうを見下ろす。
   雅史の後ろ姿を見ている奈美。
雅史「結婚はいい人だからできるってもんでもないしな」
   雅史が笑顔になったのに奈美は気づかない。

                     つづく

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