コントリビューションエコノミー(貢献経済)と仕事の未来
経営コンサルタントとしてかなり高い収入を得ながらも、子ども食堂のボランティアで深い楽しみを見出す人がいる。
マネージャーへの出世を嫌がる人や、仕事に意味が感じられないからと言って辞めていく人がいる。
東京で高収入を目指すより、地方に移住して自分の心地よい暮らし方を目指す人がいる。
若者は車からも、モノ消費からも離れているらしい。
こうした変化はなぜ起きているのだろう?
最近の若者は欲がない?そもそもお金が無いから?そう捉えているだけではおそらく見誤ってしまう。
僕はこれを、欲求の入れ替わりだと考え始めている。「競争」と「貢献」という、目的と手段が逆転する大きなパラダイムの変化が、一部の人からじわじわと広がりつつあるように見える。
以前は競争に勝つことが目的のように語られ、受験勉強も、ビジネスも、国の政治も、いかに勝ち続けるかがゴールであり、疑問が湧くこともほぼなかった。勝ち組と負け組が定義され、より良い暮らしを求めて努力し続けることが動機となり、それがふつうとされていた。
今を生きる僕たちは、そうしたモデルに心を動かされなくなってきた。代わりに目指したのが、誰かの役に立つこと、他者との繋がりを大事にすること、自分で善いと思える生き方であること。「貢献」が新たな駆動力になりつつある。
競争だけに縛られず、貢献を目指して動き始めた人たちの新しい世界観を粗削りにでも定義し、その可能性を探ることにした。
人生ゲームのルールを競争と見るか、貢献と見るか
それは、他ならぬ僕自身の内面で起きた変化でもあった。
コロナ禍で事業が急減速するまで、成長と広い意味での競争のゲームに勝つこと、若いうちに何か大きなことを成し遂げることが僕の動機になっていた。一方で、その先に何の意味があるのかは分かっておらず、シリコンバレー式の事業拡大メソッドやユニコーン、株式上場といった、借りてきた物差しに乗っかることで自分自身の違和感に蓋をしていたのだと思う。
2020年に状況が一変したことで、(おそらく多くの人と同じように)この世界のために自分は何ができるか?を考えるようになった。医療や社会インフラに直接貢献できるスキルが無いもどかしさを感じながら、読む本が変わり、尊敬する人(ロールモデル)が変わった。新しいプロジェクトや、イベント登壇などが自問自答のよい機会となって、自分の価値観を再認識することができた。それは大きな価値観の変化というよりも、今までやってきたことの理由や動機を自分で改めて気付いていくという感覚だった。
競争と貢献、目的と手段の入れ替わりとは、つまりこういうことである。
社会貢献が大事だよねという考えは別に新しいものじゃない。ビジネスにおいても「三方よし」という考え方は昔からあるし、社員の内発的動機を引き出す組織づくり(モチベーション3.0)みたいな話も以前から語られてきた。でもそれはより大きな競争に勝つための戦略や責務として位置付けられがちだった。
友人知人の話を聞いていくと、個人のレベルでは後者の感覚(貢献モード)になっている人が少なくない。冒頭の例に挙げたような人たちだ。一方でビジネスシーンでは、前者の目的意識(競争モード)で会話や意思決定を行うのがまだまだ普通だろう。仮に参加者の何割かの価値観が既に変わってきていたとしても、ビジネスにはビジネスのモードがあり、それに合わせないと会話が噛み合わない。
とはいえ、明らかにモードの違う組織も存在し始めている。競争や成長を第一目標にせず、社会インパクトの拡大や持続を目指すB Corpやゼブラカンパニーはその表れだ。
少し前から色々な企業がパーパスを定めて、社会貢献こそが自分たちの存在意義であると言い始めてきた。それが競争のための建前ではなく、言葉通り最上位に来る価値観のシフトだ。そこから新たな経済のあり方も見えつつある。
すべての前提が変わる「貢献経済」の可能性
従来の経済のあり方を競争経済(コンペティションエコノミー)、新たな経済のあり方を貢献経済(コントリビューションエコノミー)と定義したときに、僕が考える両者の特徴を整理すると表のようになる。
まず前提にあるのは、何を重要視して意思決定するのかという価値判断の違いだ。競争経済はいかに勝ち続けるかを目標にすべてが最適化されていき、貢献経済はいかに貢献できるかを主眼に最適化されていく。
世界観
ビジネスでも政治でも、戦略やターゲット、ロジスティクス(兵站)など軍事的な比喩が使われがちだ。組織は目的達成のための部隊、個人はリソースとなり言動の一貫性を求められる。歴史的にも軍事と経営戦略には繋がりがあり、実際に有用な場面もある。
一方で貢献経済では、組織や業界を生命体やエコシステムのようなものと見なす。相互に影響し合い、きれいに切り分けられず、ひとりひとりが多様な側面を持つ。より有機的なものとして社会や企業を捉えるようになってきている。
働きたい組織
価値判断が変われば働きたい組織も変わる。高収入の優先順位が下がり、生活に困らない程度があればまずは良い。自分のスキルやキャリア向上に繋がることだけじゃなく、社会にどんな良いことがある仕事なのか、どんな意義があるのかを重要視する。ステータスとして他者から憧れる(自分も憧れていた)組織で働くよりも、世の中で尊敬されている組織で働けるほうが良い。
こうした思考や社会課題意識のある人材(特に新規事業や組織変革には重要だ)を採用したいなら、企業の採用戦略も変わっていく。言葉だけのパーパスや金銭的報酬だけではなく、事業が社会にとってどんな意義があるのか、この企業ではどんな貢献ができるのかが問われていくだろう。
コミュニケーション、思考モデル
競争によって人を動かすには、とにかくシンプルな方がいい。ロジカルシンキングで問題を切り分け、わかりやすい目標にして全員に伝える。(GDPや、株価、売上、年収アップ、資産形成、出生率。SDGsもそのひとつ。)
けれど、実際の世界は複雑で、あちらを立てればこちらが立たず。複雑な世界を複雑なまま捉え、より良いあり方を考え、人に伝えていく必要がある。企業で働く人や、ニュースを見て暮らしを考える人たちだって、賢く、思慮深くなっている。過度な単純化があればすぐに気付く。上から説明される戦略方針から削ぎ落とされている何かを感じ、違和感、モヤモヤ、不支持に繋がっていくだろう。
複雑なものを複雑なまま伝えることは難しいけれど、それを行うための思考法である「システムシンキング」や、気付きを促すワークショップの方法論など、活用できる研究も進んでいる。学べる機会や書籍は増えている。
リーダーシップ
リーダーや経営者に求められる役割も変わっていく。競争経済では、短期長期の戦略をスピーディーに決断し、力強く先頭で引っ張ることが求められていた。
貢献経済においては、何が正しいのか誰にもわからないことを前提に、重要な論点を設定し、議論や創発を促していくことが役割となるだろう。自社内や投資家に語りかけるだけでなく、業界や社会に向けて一石を投じる、アジェンダセッティングやソートリーダーシップのような形になっていくんじゃないだろうか。
競争経済においては、「欠乏」が人々を動かすモデルだった。人々が満足してしまうことのないよう、“ふつうの暮らし“の水準を年々上げていき、僕らは新しい何かを購入して消費するために稼ぐ努力をし続ける。ソーシャルメディアによって僕らはお互いに憧れの暮らしを見せ合い、欲望を喚起し合う。
貢献経済においては、「充足」が人々を動かすモデルになる。基本的な欲求が充足して気持ちに余裕ができると、周りに目が向き、何か役に立てることはないかと考え出すようになる。自分は自分の力だけで生きているわけじゃないことに気が付き、感謝の気持ちが貢献の欲求につながる。
自分だけが競争を抜けると考えると不安もあるけれど、周りにも同じ考えを持つ人がいるとわかれば自分の気持ちを信じて生きやすくなる。そうして変化のうねりは大きくなっていく。
2つのコンセプトは共存する
ここまで書くと競争を否定しているかのようだけれど、そこまでは考えていない。競争のメカニズムにも良い点がある。
競争関係、つまり利用者から見て自由な選択肢があることでサービスは磨かれるし、組織の腐敗も防がれる。スポーツは勝ち負けをわかりやすくして、まさに競争の原理を凝縮させたようなものだけれど、そのプレイからは感動が生まれる。
また、個人の気持ちの中にだって割り切れない部分がある。社会貢献したい就活・転職者の気持ちも「貢献もしたいし、成長もしたいし、給料も相応に欲しい」が実際のところだろう。社会起業家の心にだって、焦りや嫉妬心が時々出てくる。エゴを捨てて、利他を尽くせたら格好良いと思いつつも、そんなにきれいには切り替えられないものだ。
場合によっては使い分けが必要だろう。僕個人としては貢献経済によって現代社会の未解決な課題や、個々人のメンタルの問題などが快方に向かっていくと感じるが、緊急時にはトップダウンで一気に人を動かすほうが上手くいくかもしれない。
現時点では両方を相対化して見れるようにしつつ、社会全体としては貢献を上位にし、競争のメカニズムを活かすくらいのバランスが良いんじゃないかと僕は思う。
どちらの世界観で生きるかは自由だ。けれど、競争の世界観にそんなに意味や面白味を感じなくなってきた時は、ひとつの可能性として貢献経済というフレームで生き方を考えてみても良いかもしれない。
その時には、奥深く学んでいける思考法やマネジメント方法、誰からでも始められる貢献のチャンスがたくさんある。少しでも可能性を感じてもらえたなら嬉しく思う。
もしこのようなコンセプトで事業を行っていたり、プロジェクトを立ち上げている方がいれば、ぜひご連絡ください!
<参考・おすすめ文献>
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