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総合商社のスタートアップ投資についての考察

はじめに

こんにちは、ghostsheepです。今回はMBAは全く関係無いトピックです。

総合商社に勤める自分はこの数年スタートアップ投資関連の業務を担当しており、この案件を通じて多くの事を考えさせられました。
簡単に言うと、スタートアップ投資検討プロジェクトに参加し、そのプロジェクトを実行にこぎ着け、投資後の事業マネタイズにも取り組むという一連の経験をしました。総じてまずまずの結果は出せているとは思いますが、ここに来るまで本当に多くの苦労があり、「総合商社ってスタートアップ投資向いていないな・・・」とつくづく痛感しています。

また、最近はベンチャーキャピタルやPEファンドについての本を読み漁っており、それをきっかけに総合商社の投資とは何か、スタートアップ投資は何が違うのか等を考える事が多く、それをnoteでまとめてみたくなったものです。

数年前のスタートアップ全盛期の時には「スタートアップに代表される様な新しい取組やプレイヤーについて興味を示さないと時代に乗り遅れる」といった空気感があり、自分が関わった案件もそうした熱気に背中を押されて実行したものでした。

最近は景気が一巡しスタートアップへの投資熱も落ち着いて来ていてこの数年のトレンドを振り返る良い機会かと感じており、N=1の経験に基づく考察ではありますが、誰かの参考になれば幸いです。

言葉の定義

まず「スタートアップ投資」の定義については、明確な定義は無さそうなので、ここでは「スタートアップ企業に『少額』出資すること」に絞り、スタートアップ企業を買収して経営参画する様な出資とは区別したいと思います。
スタートアップ企業の定義は、以下がふさわしいと思います。

スタートアップ企業は、ベンチャー企業のなかでも新しいビジネスモデルを短期間で成長させることを目的とした企業を指します。既存企業が行っているビジネスでなく、まったく新しいビジネスを立ち上げ、取り組んでいるのが特徴的です。
WeWork Japanウェブサイトより

一般的なスタートアップ投資の目的

一般的に、スタートアップ企業に出資する目的は以下のように分類されるかと思います。

キャピタルゲイン

投資家がスタートアップ投資をする目的として、多くの場合キャピタルゲインの文脈で語られるかと思います。将来有望な会社や創設者に可能性を見出してリスクマネーを拠出する事でその事業を応援し、見返りとして時には短期間で何倍・何十倍ものリターンを得るという物語は、この上ない投資のサクセスストーリーかと思います。

事業開発

スタートアップのユニークな事業や製品を通じて、出資者の事業開発に役立てようというもの。問題は、スタートアップを買収するケースならともかく、少額出資する事で事業開発にどれだけ役立てられるかという観点かと思いますが、総合商社や事業会社はこの目的でスタートアップ投資するケースは多いのではないのでしょうか。

レピュテーション(副次的)

これは副次的なものではありますが、キャピタルゲインや事業開発という具体的なリターンに加え、起業家に対してリスクマネーを供給するという「侠気」や、有望な案件を発見できたという「先見の明」に対しても周囲からの尊敬や憧れを得られるレピュテーションを得られるという抽象的なリターンも、特に総合商社の様な会社にとっては実は大きいと感じます。

後述しますが、時にはこのレピュテーションはスタートアップ投資の好循環にもつながる一方で、出資自体が目的化してしまう「呪い」になってしまう展開もあると感じます。

総合商社はキャピタルゲインは狙わない

次に、総合商社のベンチャー出資の目的について考えていきます。

収益の源泉が本体でのトレードから子会社からの事業収益に移りつつある総合商社にとって投資案件は日常茶飯事であり、そんな総合商社がスタートアップ投資をするのも自然な様に感じられるかもしれません。自分も当初はその様に感じていました。

しかし落ち着いて考えると、スタートアップ投資は一般的にはキャピタルゲインを主目的に行われる一方、キャピタルゲイン狙いの投資は総合商社の性質に適していません。この点について具体的に掘り下げてみたいと思います。

株主からの期待

2020年にウォーレン・バフェット率いるバークシャー・ハサウェイが5大商社の株を大人買いして話題になりましたが、長期保有を基本スタイルとするウォーレン・バフェットのポートフォリオに組み込まれた事から分かる通り、総合商社は長期安定成長かつ高配当を株主から期待されていると言えます。

言わば総合商社ははバリュー株な一方、スタートアップ投資はグロース投資と言えます。

投資信託のカテゴリーでもよく見かける「バリュー」と「グロース」。
投資スタイルを分類する一つの方法です。

バリュー投資は、企業の実態に比べて、株価が割安な銘柄に投資する方法です。
一般的には、PER(株価収益率、「株価÷1株あたりの利益」で算出)やPBR(株価純資産倍率、「株価÷1株あたりの純資産」で算出)という指標を用いて判断します。
これらの指標が低いものが、割安であると考えられます。

投資の神様と呼ばれるアメリカの投資家、ウォーレン・バフェット氏の主な運用手法はバリュー投資と言われており、1965年から2020年まで、20%複利での運用を実現させています。(中略)

例えば、北米のグロース銘柄に投資するいくつかの投資信託を見てみると、フェイスブック社、アマゾン社、テスラ社など成長著しいことでお馴染みの会社が投資先として組み入れられています。
auカブヨム証券ウェブサイトより

スタートアップ投資に成功して多大なリターンを得たという華やかなニュースが目に付くのはあくまで生存バイアスによるもので、スタートアップ投資を俯瞰すると千に三つの世界と言われ、基本的にハイリスク・ハイリターンな投資です。ベンチャーキャピタルに資金を供給しているLP(Limited Partner)も、あくまでLPの中のポートフォリオの一部としてリスクマネーの運用にベンチャーキャピタルを選んでいます。

上記のウォーレン・バフェットとベンチャーキャピタル、あるいはバリュー投資とグロース投資の対比で説明される様に、総合商社の株主はリスクマネーの運用先として商社株を選んでいる訳ではないので、そもそも商社としてキャピタルゲイン狙いでスタートアップ投資を行うことは株主の期待に沿っていないはずで、商社としてスタートアップ投資を積極的に行う事は本質的に求められていません。

商社の投資スタイル

上記の説明と裏表の関係にもなりますが、総合商社のビジネスモデルというのは長い期間をかけて種を蒔き育てた案件をゆっくりとエンジョイする農耕民族スタイルと言えます。

具体的な例でいえば、インフラや資源採掘案件となれば案件の組成だけで数年、サイトの建設で更に数年を要し、検討開始からサイトの操業が始まって売上が立つ様になるまで5年以上を要する事は珍しくありません。あるいはひと昔の東南アジアや現在のアフリカの様にEmergingな市場に先行参入して既得権益を確保しておき、市場が成長期になるまで数年間は赤字を耐えるというケースもよく聞く話です。自分が関わった案件には1970年代から取り組んでいたものの、幾多の政変を乗り越え2000年代に入ってようやく花開いたという案件もあります。

他方でキャピタルゲインを目的とするベンチャーキャピタルやPEファンドは、ファンドの満期である5年や10年で一定のリターンを上げる必要があり、同じ投資といっても時間軸で見た戦略は真逆です。

時間軸の長い投資は単体で見ると収益の凸凹が大きいですが、総合商社は産業・地域の多様なポートフォリオを組み合わせることで、会社全体としては長期安定成長を実現させています。

時間軸の考え方の違いは、投資意思決定のスピード感やリスク許容度、投資先の方針転換の許容度等の観点に違いをもたらします。端的に言えば、総合商社の投資は時間をかけて起こりうる全てのシナリオを吟味した上で意思決定を行い、一度意思決定をしたらそこから大きな方針転換は原則認められず、かつ株主として投資先の意思決定に強い影響力を及ぼします。

他方でスタートアップ投資は出資のステージによって違いはあれど、比較的出資の意思決定は短時間で、かつスタートアップの事業内容や方針は柔軟に変わって然るべきというコンセンサスがあり、かつそういった意思決定がある程度投資先(創業者)の裁量に任されていると言え、総合商社の投資手法と性質を異にします。

商社の組織体制・文化

これも上記の長期投資スタイルの裏表の関係になりますが、総合商社の組織体制がこういった長期投資に適した構造となっています。

そもそも歴史をひも解くと、トレードを主軸としていた時代の商社は、メーカーをはじめとする取引先と長期的な信頼関係を築く事で商権を守りかつ拡大する事が至上命題でした。この考え方は現在も商社のビジネスの土壌となっており、取引先との長期的な関係の為に目の前の利益や機会を犠牲にするという話は今でも良く聞かれる様に思います。
(取引先の半分が日本企業ですが、日本企業のプレゼンスが下がるこのご時世、そんな日本企業との長期的な関係をどこまで大事にすべきか、、という悩みがあるのはまた別の課題です。)

更に、メーカーの尖兵となって海外に支店や事務所を持ち、日本人の本社スタッフを交代で常駐させる事が重要な機能とされてきた事からも、商社の組織は基本的にはルーティーンありきで「いつでも誰に交代してもオペレーションが回る」組織体制と文化が出来上がっていますし、それを前提とした意思決定がなされます。

貿易立国・日本の「貿易の尖兵」として、商社マンは全世界にネットワークを展開していきました。
日本貿易会ウェブサイトより

日本企業全般に言える話かと思いますが、こういった文化の組織では担当者には黒子的かつ均一的な仕事の進め方が求められます。商社の収益基盤がトレードから事業投資に軸足が移った以降も、この仕事の進め方が何年にも渡る長期プロジェクトを完遂させられる組織の強みとなっていると言えます。

他方でベンチャーキャピタルやPEファンドでは、出資者との契約でキーマン条項が設定される事が珍しくない様に、バイネームの少数精鋭で、かつファンド満期という制限時間ありきでビジネスを進める事が一般的であり、この点も商社とは真逆の体制です。

キーマン条項とは、投資ファンドにおいて特定の人物が何らかの事情で投資ファンドの運営に従事できなくなった場合に、そのファンドの運営を停止する、もしくは投資家の投資を引き上げることを認める、という条項のこと。

投資ファンドは通常極少数の投資専門家(キーマン)を中心に運営されていることが多く、そのうちのひとりの欠落がファンドの運用成績そのものに大きな影響を及ぼしかねない。このことから投資ファンドでは投資を募る際に、キーマン条項を設けていることが一般的。
exBuzzwordsより

こういった組織体制の違いは、年功序列かつボーナスにあまり差がつかない商社に対して、実力主義かつ報酬のアップ幅が大きいファンド、という報酬体制の違いにも表れていると言えます。

事業パートナーとの関係

誤解を恐れず言えば、総合商社は会社のカンバンや信用力以外には何も持たない業態です。何も持たないからこそ何でもできるのが強みですが、基本的には商社一人では何もできないので多くの事業をパートナーと一緒に取り組みます。

パートナーの多くは商社のネットワークや資金調達力に期待する事業会社であり、パートナーと一緒に事業投資を行う際には投資戦略の足並みを揃える必要があります。そして一般的に事業会社にとって投資はキャピタルゲインを目的とするものではなく半永続的な継続を目指すものであり、こういった観点からもゴーイングコンサーン(継続企業の前提)の投資が商社にとっても基本型になります。

他方でベンチャー投資においては、繰り返しになりますがキャピタイルゲイン獲得が主目的となりがちですし、創業者のビジョンや熱意こそが事業の成否を分けるので、ベンチャー投資家はあくまで少額出資に留め創業者を見守る様な立場を取り、事業会社の投資スタンスとは大きく異なるかと思います。

結論

以上色々と書きましたし、人によっては他にも論点があるのかもしれませんが、私は上記の様なポイントから、同じ投資を生業とする集団であっても、商社は農耕民族的、ファンドは狩猟民族的と真逆な投資スタイルであり、商社はキャピタルゲインを目的とする投資に向いていないと結論づけています。

尚、商社がベンチャーキャピタルやPEファンドに参画しているケースがありますが、これはあくまで商社の事業ポートフォリオの一つとしてベンチャーキャピタルやPEファンドを取りいれているもので、商社の外部組織とする事で組織や報酬についての問題をクリアしていると理解しています。

それでも総合商社がスタートアップ投資に興味を持ってしまう理由

上述の様に商社は全くキャピタルゲイン狙いの投資には向いていないにも関わらず、特にこの数年は商社からのスタートアップ投資についての話を良く聞く様になりました。

実際の投資件数は商社によってもかなりバラツキがあります。調べてみたらデロイトの公開レポートで詳しくまとまっていました。(各社のスタートアップ投資件数等のサマリだけでなく、上述した商社の組織体制などにも言及されている事にここまで書いて気づきました。)

総合商社のスタートアップ投資件数推移


このデロイトのレポートでは総合商社がスタートアップ投資に積極的な理由として以下の様に解説されています。

これまで見て来た通り、日本の総合商社はその業態をトレーディングモデルから事業投資モデルへと転換し、さらに は将来のプラットフォーマーとなるべく、従来の事業投資とは異なる視点、いわゆるサービス型事業モデル・サブスク リプション型事業モデルへの転換を目指して、スタートアップ企業への投資を活発化させている。
Deloitteウェブサイト Industry Eyesより

上記の通り総合商社はキャピタルゲイン狙いの投資はできませんので、消去法的に事業開発が目的と言えます。
デロイトでのレポートの説明は内容は抽象的ですが、要は新規領域の事業開発の為にスタートアップ投資をしていると読み取れます。

ここで問題は、総合商社はスタートアップ投資を通じて事業開発に成功できるのか?という命題です。いよいよ本題に入りますが、自分もスタートアップ投資を通じた事業開発に携わりましたが、この答えは「かなり難しい」と言わざるを得ないと感じています。

端的に理由を挙げると以下の3つが挙げられます。

  • 前例のない事業や取組に対するリスク感度が高い

  • 縦割り組織体制

  • 既存事業や投資先が戦略をピポットするのに慣れていない

なぜ自分がこの結論に至ったかについて、自分の経験をもとに掘り下げて行きたいと思います。

総合商社はスタートアップ投資を通じて事業開発できるのか?(実体験からの考察)

経緯・背景

自分が担当したスタートアップ企業(以下、A社)への投資機会を当社が得られたのは、トレードの取引先としてA社と付合いが始まったのがきっかけでした。A社へのトレードが始まった経緯もまた面白く、当社が以前から出資している別のスタートアップ企業から、「面白い会社があり、その会社がとある製品の調達元を探している」と紹介され、当社が当該製品を納入する形でトレードの付き合いが始まりました。

A社は脱炭素系のユニークな技術を持つ企業で、この数年の社会の脱炭素取り組みに対する期待の高まりから、社内的にもA社の技術がかなりの注目を集めていました。A社からも商社の様々なネットワークに対する期待から当社と関係を深めたいという期待があり、当社に独占的な投資ラウンドが与えられました。

当時、他社に先駆けて脱炭素の取組みの旗振りを始めていたというポジティブな理由に加え、少しぼやかして書きますが、自分の所属組織はDXの隆盛や主力事業の低迷等を背景に「新しい収益基盤を獲得しなければならない」という、どちらかというとネガティブなプレッシャーもあり、マネジメントからもかなり前のめりで本件の検討を指示されました。

自分はこの出資検討が始まったところから、出資検討及びエグゼキューションを行うチームに参加しましたが、この段階ではA社への出資をどの様にマネタイズするかという観点がまだ煮詰まっていませんでした

また、マネジメントだけでなく、本出資ラウンドを獲得してきたソーシング部隊の担当者も本出資案件の成就に並々ならぬ情熱を持っていたのですが、ソーシング担当者達がマネタイズのアイデアも不明確なまま出資の実現を急いでいた様に感じられたのが印象的でした。

この点を落ち着いて考えると、商社がスタートアップに興味を持つヒントが隠されている様に思うので、少し掘り下げてみます。

スタートアップ投資したい人達

脱炭素の様な新規案件開発を探し回っている案件ソーシングの現場にいる人間にとって、「当社はこんな先進的な技術を持つスタートアップに投資している」という事実は、先方の興味を引き出すセールストークになります。

実際に自分も「A社に出資しているなんて、商社は先見の明がありますね」と一目置かれる事は珍しくありません。こんな経験をしていると、特にソーシングをしている現場からすると、目的はなんであれともかくスタートアップ投資を推し進めたいモチベーションが生まれる様に感じます。(投資の目的化)

よく言われる話ですが、総合商社というのは中に入ってみると良くも悪くも単なる昔ながらの日本企業なのですが、社外から見ると何を考えているのかわからないミステリアスなベールをかぶった会社と思われています。そんな総合商社が先進的なスタートアップ企業に出資していることで、その神秘性を一層引き立てているという感覚があります。これが、前半部分でスタートアップ投資の副次的な目的として挙げた「レピュテーション獲得」に該当します。

レピュテーションが生む好循環

商社が先進的な取組を行っているというレピュテーションは、単なるステータスではなくて実際のビジネスにも実利をもたらしていると思います。A社の出資のきっかけは、元を辿ると他のスタートアップ企業への出資だった事は先述しましたが、スタートアップ投資のステータスを通じて、以下の様な好循環が成立すると考えています。

  1. 様々な産業や取引先と付合い、かつ新規事業開発に取り組む過程で、スタートアップ企業の情報が入ってくる。

  2. 商社の既存事業は常にリスクにさらされており、新規領域にチャレンジするモチベーションが高い。

  3. 新規領域に取り組むことで、また新しいスタートアップ投資の話が舞い込んでくる。
    (1に戻る)

しかしながら、スタートアップ投資の機会を得られる事と、その機会を上手に利用する事は別問題であり、自分の中の結論としては総合商社はスタートアップ投資の機会を使いこなせる会社ではないと感じています。上述の好循環は、やはりベンチャーキャピタルがその機能を担っていくべきものと思います。

最近は総合商社が参画するコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)もあり、総合商社の本業とのネットワーク効果を期待しつつ、あくまで主目的はキャピタルゲインの獲得を目指すのであれば、良い戦略だと思います。

他方、後述する通りベンチャー企業と商社のシナジー構築は非常に大変なので、事業開発やシナジーを期待して商社や事業会社がCVCに参画するのは、かなりの茨の道だと感じています。

投資検討開始

先述の通り総合商社は「何も持たない」会社ですが、だからこそ新しいことをやってナンボという文化があり、それは総合商社の大きな魅力だと思います。自分もこの案件に参加した時は無限の可能性を感じてとてもモチベートされました。しかしいざ投資検討が始まってみると苦労の連続でした。

自分の所属していたエグゼキューション部隊は具体的なマネタイズのアイデアを考え、その収益性が投資実行に資するものかを定性面・定量面から精査する必要がありました。しかし新規領域の事業はリスクを上げ始めればきりがなく、定性・定量の両面で計画を社内的に正当化するプロセスはとても大変でした。

更に、A社の案件を持ってきたソーシング部隊からは、早く出資の社内承認を得るようにプッシュされ、これも大変なストレスとなりました。エグゼキューション部隊は失敗リスクに鑑み投資を見送る判断も選択肢に入れなければなりませんが、収益責任の無いソーシング部隊は出資の実現が目的化してしまっていた感があり、大企業にありがちな話かと思いますが、この様な社内組織の対立に自分が板挟みになる形になりました。

出資後の悪夢

紆余曲折を乗り越えて出資について合意にこぎ着け、当社と出資先が結婚式の様な雰囲気で出資調印式を行ったのは忘れられません。しかしそんなハネムーン期間もつかの間、新型コロナウイルスのパンデミックによって想定していた事業環境が大きく悪化する展開となりました。

元々リスクが高いという社内からの指摘を押し切っての出資案件だったので、A社への投資は失敗する公算が明らかに高くなり、ソーシング部隊とエグゼキューション部隊で責任を押し付け合う様な泥試合が始まりました。前線に立っていた自分は巻き込まれて嫌な思いをしてうんざりする事が何度もありました。

更に、事業環境の悪化を受けてA社は事業戦略のピポットを決めました。こういった迅速な意思決定はある意味スタートアップ企業の醍醐味だと思いますが、出資時に苦労して作成した計画からはかなり離れた方向を目指す事になりました。これによってエグゼキューション部隊もソーシング部隊もA社が自分達のコントロールが及ばない事を再認識し、良く言えば見守る・悪く言えば放置するモードになっていきました。

転機/ようやく事業開発がスタート

A社出資を通じてののマネタイズは絶望的かと思った矢先、出資時には全く予想もしていなかった形で、当社の別組織(以下、B事業部)の案件での協業検討が始まりました。A社出資のマネタイズ担当をしていた自分はA社を代表する立場として、その別組織との協業検討を進める事になりました。

A社のピポット後の事業戦略について社内の関係部署に説明していたところ、B事業部が取り組んでいた開発案件の方針と上手く合致するかもしれない、と興味をもってもらったのが、話のきっかけでした。まさに総合商社としての総合力を活かし、いわゆるシナジーを活かした事業開発に着手する事が出来たのですが、これもまた苦労の連続でした。

B事業部は、同部の重要パートナーである事業会社(以下、C社)との事業開発に取り組んでいました。C社はその領域では圧倒的なシェアを持つ大企業ですが、脱炭素の取組を加速させようとしている中、A社の技術を上手く使ったソリューションを作り上げる、というのが具体的な検討内容です。

スタートアップ企業のA社からすれば大企業のC社と協業できる意義は大変大きく、その意味でもまたとないチャンスではありました。他方で慎重なA社創業者は「上手く取り進めないとC社に良い様に使われて最後はポイ捨てされてしまうのではないか」という警戒感を示し、あくまで一歩一歩慎重に案件を進めていく事になりました。

社内対立ふたたび

B事業部及びC社からすれば「規模の小さいスタートアップ企業であるA社は自分達に惜しみなく協力して当然」という思いを持っていたと感じます。さすがに第三者であるC社は態度には出しませんでしたが、B事業部はC社の威光を借りる形で、私を含むエグゼキューション部隊の担当者達に「自分たちはA社に協力してやっているんだぞ。」という態度を露骨にしていました。

例えば契約手続きの場面では、上述の通りA社は慎重な態度を崩さなかったのでC社との契約書チェックに時間がかかる事は珍しくなく、それに苛立ったB事業部担当者から「エグゼキューション部隊がA社の信頼を得られていないから時間がかかるし、A社が当社の言うことを聞かない」等と文句を言われる事は一度や二度ではありませんでした。

また、B事業部の戦略としては、「C社と一緒に開発している事業に必要な一つのピースとしてA社の技術を使えればラッキー。あくまで第一候補であり、A社が駄目なら他の企業にあたればいい。」というスタンスであった為、さすがにそれをA社に露骨に伝えることはしなかった代わりに、私を含む社内のエグゼキューション部隊に強くあたるのは日常茶飯事で、B事業部とエグゼキューション部隊の関係が悪化していきました

そもそも事業環境の悪化に伴い、エグゼキューション部隊はA社の事をもはや見守る(=見捨てる)様な雰囲気になっていたこともあり、この社内の対立からますますA社への関与が薄れていきました。他方で主担当であった自分はA社への関与を弱める事ができず、C事業部からの嫌味の矢面に立ちながら協業検討を進めていきました。A社としてはこのC社との協業案件に大きな期待をかけており、少しずつモメンタムが生まれつつありました。

自分もこの協業案件を放り出したい気持ちに一日に何度も襲われましたが、「社内のいざこざにA社を巻き込んでそのモメンタムを止める事こそ一番恥ずかしい事であり、最後にはA社から『総合商社と仕事ができてよかった。総合商社に出資してもらえて良かった』と感じてもらわなければならない」というプライドだけを頼りに、協業案件を前に進めていきました。(そしてこの日々の業務のフラストレーションをMBAの勉強にぶつけていました。。)

マネタイズ

なんやかんやありましたが、色々な運と巡り合わせが味方し、A社の技術を使ってC社の脱炭素化を助けるソリューションのプロトタイプ開発にこぎ着けました。C社からの評判は上々で、現在はこれを本格導入して、当社にとっても事業として関与できる見込みであり、なんとかマネタイズの目処がつきつつあります。

個人的にも、前部署での経験を本プロジェクトに役立てる事が出来たうえ、結果的にスタートアップ企業のバリューアップやマネタイズというかけがえの経験をする事ができました。

しかし本件をマネタイズに漕ぎ着ける事が出来たのは、本当に幾つもの好条件が重なったという幸運の要素が大きいと思っています。100回のうち1回しか来ない大当たりを一手目で引き当てた様な感覚です。

今回のケースを成功例としてスタートアップ投資を通じた事業開発を勧められるかというと、繰り返しになりますが全くその様には思いません。自分の経験を踏まえて少し詳しく説明したいと思います。

スタートアップ投資を通じて事業開発するのが難しい理由

前例のない事業や取組に対するリスク感度が高い

これを言っちゃおしまいな気がしますが、総合商社は対外的には「新しいことに挑戦するのが使命!」と高らかに謳っている一方で、実際には前例の無い事業や取組に対するリスクをとても嫌うと感じています。

自分の体験談でも書いた様に、出資検討時から本投資のリスクの高さを指摘されていましたし、スタートアップならではの高いバリエーションの正当化にもとても苦労しました。出資後、新型コロナウイルスで事業環境が悪化した際には、多くの社内関係者が保身に走って責任逃れしようとしていたのは象徴的でした。

スタートアップ企業に出資やM&Aを行うことは、新規領域の事業に挑戦する事と意味合いがほぼイコールになるので、そもそもの会社の体質として新規領域の不確実性をどれだけ許容できるかが、スタートアップ投資を通じた事業開発の不確実性に耐えられるかの分水嶺になるかと思います。

IT業界ではスタートアップ企業への出資やM&Aは珍しくないですが、出資者は所謂メガベンチャーが多く、やはりベンチャースピリットが残っていて不確実性に対する耐性の高い企業こそ、スタートアップ投資を通じた事業開発に向いた企業だと感じています。

縦割りな組織体制

これも良く言われる話ですが、総合商社は中小企業の集合体であり、隣の課は別会社かというくらいに考え方が違います。

先述したソーシング部隊とエグゼキューション部隊の考え方の違いに始まり、B事業部も彼らなりの事業戦略を持っているのでA社との協業に苦労し、こういった複数部署をまたぐ案件では社内の考え方のすり合わせをするのが大変難しい事を痛感しました(というか同床異夢のままなんとか前に進めた)。

他方でスタートアップ企業からすると、総合商社のネットワークに期待するからこそ出資を受け入れている訳であり、こういった総合商社の中の様々な組織のリソースを自分達の為に割いてもらえるという期待を持たれており、A社からの期待のギャップを埋めるのにも担当者として大変苦労しました。

セールストーク的に総合商社の強みをアピールする時は誰もが自社の様々な部署とのシナジーを挙げるのですが、実際に実行するステージに入ると、先述した様な利害関係がぶつかり、その調整を乗り越えてようやくシナジーを追求できる様になります。

自分は過去の担当案件でも他部署とのシナジーを追求するプロジェクトに関わりましたが、その際も部署間の戦略のすり合わせに苦労しました。特に協力する側の部署からすれば、訳の分からないスタートアップ企業の為に労力を割くのは面倒事も多く、こういったスタートアップ投資を通じて部署間の連携を実現させるのは、地味にハードルが高いと感じます。

既存事業や投資先が戦略をピポットするのに慣れていない

先述した通り、総合商社の投資意思決定は、起こりうる全てのシナリオを吟味した上で投資を実行し、その計画に沿って着実に進めていく事をあるべき姿としています。

他方で、A社が新型コロナウイルスによる事業環境悪化を受けて戦略を見事にピポットした時は、関係者の中でもそれを応援したいという人と、何故そんな戦略を取るのだという人に意見が分かれ、これまた同床異夢のままC社との協業案件が進んでいった感があります。

不確実性をどれだけ許容できるか?という問いの裏表だと思いますが、環境変化に応じて身軽に戦略を変えていくスタートアップ企業は、ゆっくりと慎重に意思決定する総合商社から見ると、何を考えているか良く分からないと映るケースも多いでしょうし、結局は意思決定のスピード感の違いとしてボタンの掛け違いが生まれていく様に思います。

こういった理由から、スタートアップ投資を通じて総合商社が事業開発に取り組むのは、越えなければいけないハードルの割に実現可能性が低くて労力がペイしない、というのが私の中の結論です。

終わりに

色々と書きましたが、結局は総合商社とスタートアップ企業は、巨体で長寿な哺乳類と、小さくて繁殖のサイクルが早い昆虫の様な関係にあると言えるのではないか、と感じています。

巨体で長寿な哺乳類は、巨体である事を活かした生存戦略を取る事が出来ますが、長寿である為に繁殖サイクルがゆっくり=進化のスピードがどうしてもゆっくりになります。他方で昆虫は、多産多死の運命の中、短い繁殖サイクルで進化を繰り返しながら環境に適用していく事が強みです。

双方いずれも環境変化に適用して生き延びなければなりませんが、その生存戦略が根底から違うので、余程の条件が揃わないとなかなか共生は難しいなと感じます。特に最近、総合商社が絶滅しかかっているマンモスの様に感じる事が多く、この点については改めてまとめたいと思います。

総合商社もスタートアップ企業も、社会課題を解決する事で新たな事業を作ろうとする志を共有しています。社会課題解決の為にリスクを取って企業する創業者に対して、守られた環境にいる商社の人間としては尊敬の念を覚えざるを得ませんし、そういった起業家を商社の立場から応援したくなるのは自然な感情だと思います。

その文脈で、ソーシング部隊がスタートアップ企業の創業者と交流することで、彼らの志に感銘を受け、商社としてのマネタイズを忘れて出資実現に何とか漕ぎ着けたくなる気持ちも理解できますし、そういった情の篤さは商社パーソンとしての大事な要素の様に思います。

他方で、総合商社が株主からの高配当安定成長の期待を受けた一流投資会社である事も忘れてはいけないと思います。特に昨今、解散価値と呼ばれるPBR1.0に近い水準から脱せない総合商社に対する投資家の見方は厳しく、このコングロマリット・ディスカウントを解消すべく、商社はますます大型案件にリソースを集中投入していき、投資家にとって分かり易い会社を目指していくと思われます。その観点で、不確実性の高いスタートアップ企業への投資や協業はどうしても総合商社にとって相性が悪いと感じざるを得ません。

しかし総合商社の選択と集中が進みすぎてポートフォリオが単純になっていった結果、総合商社の魅力がどれだけ維持できるだろうという不安も残ります。商社の内情を知っている人ほど、「良く分からないけど色んな事をやっている」会社がどれだけ面白いかイメージ頂けるでしょうし、それが優秀な人材を惹きつける源泉にもなっていると感じます。

体のサイズは違えど社会課題に取り組みたいという志を共有する事業体として、総合商社とスタートアップ企業が付かず離れずの関係を維持して、国内外の新規産業を盛り上げていく事を願ってやみません。

半ば自分の愚痴の様な記事でしたが、最後までお読み頂きありがとうございました。


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