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赤帽くんと青帽くん(上)

朝がきた。曇り空を見上げながら窓を開け、新鮮な空気を取り込む。6時20分。少々寝坊気味だ。急いで朝食と2つのお弁当を作る。

どうしようかなぁ。昨日からの繰り返し。行けば楽しいかもしれないけど、やっぱり気がすすまないなぁ。曇ってるし。いっそ雨が降れば行かない決心がつくかも。そんなことを思いながらチキンとアボガドのサンドイッチを用意する。

「おはよう」ぶすっとした顔の息子が起きてくる。すこぶる機嫌の悪さはいつものこと。頭のてっぺん近くにくるんとした寝癖がついている。いつの間にか伸びた背は、180cmに届かんばかり。外見の成長の速度と内面の成長の速度のアンバランスさこそが、ティーンエイジャーをティーンエイジャー足らしめる主成分なのかもしれない。

朝食を終えた夫が念を押してくる。5時半には戻るからそれまでに用意しておいて。そうなのだ。夫の取引先の会社から招待されているディナークルーズは今晩だ。2週間ほど前に夫から誘われたときは、一瞬迷ったが行くと返事した。話のネタにもなるし、何事も経験だし。それに、今回こそ行けそうな気がしたのだ。

以前の自分は、間違いなく社交的だった。大学デビューを果たした私は、ソーシャルバタフライ(パーティなどの集まりに参加するのが好きな社交的な人)とさえ呼ばれていた。社会人になってからも好奇心の向くまま、人との出会いを楽しんでいた自分はもういない。

人生はわからないものだ。いくつかの出来事が重なり、ついに人が怖くてたまらなくなった。冬眠中のクマのようにじっと家にひきこもっているうちに、いくつもの季節が頭上を通り過ぎた。現在は多少ましな心境だが、しかし、独りが心地良いことにかわりはなく、人が多いところに出掛けて行きたいとはこれっぽっちも思わない。

「ごちそうさま」息子が食器を下げにきた。なんで行くなんて言っちゃったんだろう。あどけないような、大人っぽいような息子の顔を見ながら思う。今回は行けるかもしれないじゃん、と自分を励ましてみる。幾つもの誘いを迷っては断り、これ以上断ると悪いよなぁという罪悪感だけで約束し、結局は行けずにドタキャンする。ここ半年ぐらいはそんなのばかり。その度に、自分を責め、自信を失くす、悪循環。

こんなんでいいとは思っていない。どこかでこの悪しきパターンを断ち切らなければ。そう思うからこそ、今度こそ、の思いで約束をする。今度こそ、キャンセルしない。今度こそ、人との約束も自分との約束も守る。今回もそんな気持ちだった。私に必要なのはきっかけだ。この悪循環から抜けだす小さなきっかけ。

宗教団体からの離脱が簡単ではないように、私が陥っている悪循環から抜け出すのは簡単なことではない。なにしろそれはアリジゴクのようなもので、登っても登っても引きずり降ろされる。私を引きずり下ろす強力な力はなんだ?恐れか、怠けか、自分への不信感か?

ぱらぱらと雨が降ってきた。このまま土砂降りになってほしい。そしたら行きたくないという自分の気持ちに大義名分が立つ。…ような気がする。そろそろ8時。「行ってらっしゃい」小雨の中出掛ける息子を見送る。
(つづく)




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