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観覧車グラビティ 第五話

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日奈田とタケル

 市長殺害事件から2日経った今、私は入社してから未だかつてないほどの使命感に満ちていた。

 うちのケーブルテレビ局は、基本的に政治的なニュースは一切扱わず、地元に密着したイベントやスポーツ、パッケージされた番組だけを放映している。理由は簡単、その方が敵を作らなくて済むからだ。
 ケーブルテレビ局の敵は、他のテレビ局でもケーブルテレビ局でもない。ズバリ視聴者なのだ。
 視聴者に敵対されたら最後、契約件数が減ってしまう。テレビ局はスポンサー至上主義と聞いたことがあるけれど、私たちの生殺与奪の権利は、ダイレクトに視聴者が握っている。

 そんな中、弊社ケーブルテレビの契約件数が、著しく下がりかねない事態に陥った。きっかけは、部長が事件の重要参考人として、任意で事情を聴取されたからだった。

 ケーブルテレビ局のスタッフが事件の重要参考人として任意同行をかけられた噂はすぐに広まり、私たち以外のメディア媒体は、すぐにそのことを報道した。テレビはもちろん、新聞や雑誌もだ。言わずもがな、ネットメディアが一番乗りだった。
 報道されてからは、窓口業務の仕事内容が大きく変わってしまった。新規契約の業務よりも、事件の真相や進捗状況を知りたがる人たちが訪れる「事件専用受付窓口」みたいな業務が増えてしまったのだ。
 もちろん、窓口業務の子達はみな、報道されている以上のことを何も知らない。いかにクレームや情報開示の要望を聞き流し、上手に契約を繋ぎ止めておけるかどうか、それで自分の給料が決まっているような錯覚を生むほどだった。
 今の時期に新人研修をしていたら、顧客から給料をもらえるありがたみを理解するよりも早く、クレーム処理の対応術や炎上回避スキルを身につけることで、自分の給料が貰えていると錯覚するかもしれない。

 はっきり言って、部長のことはどっちでもいい。あんなベキ論者のおじさん、どうなろうが私の知ったこっちゃない。

 ただ、私たちの仕事ができなくなるのは困る。会社の中でも中堅あたりになってきた今、窓口で頑張ってくれている彼女たちや、同じ部署の後輩たちのことを考えると、この状況はどうにかしないといけない。
 しかし、そんな私の気持ちなどはつゆ知らず、部長の言動により、全てが悪い方向へ転がっていってしまった。誰にとって? もちろん、私にとって。


 2日前、部長はあの時の私が睨んだ通り、舞台横に設置されていた白いテントの中に一人でいた。しかも寝ていたという。よく仕事中に寝られるな、と思う反面、「仕事中に」という表現は、やはり正しくないのかも? と感じた。部長はただ、私たちに付いてきただけの立場だ。本当に「仕事のために」そこにいたのかどうか、怪しいといえば怪しい。
 どうやら警察もそう考えたみたいで、事件のあったその日のうちに、部長の元に刑事たちがやってきた。

「いや、私はいつもお世話になっている社長にね、記念の日だから顔を出して、挨拶をしておくべきだろうと思ってね」

 私はその日2度目の「記念日には挨拶をすべき仕事術」を聞くはめになったが、その仕事術のどこに「べき」の要素があるのか、やはり理解できないままだった。別に、部長の仕事術を理解したいとは思っていないから、理解できなくてもまったく困らないけれど。

 彼の発言内容を理解できないのは、刑事たちも同じだったようだ。訝しむ表情で部長を一瞥し、刑事の一人が「確認します」と一言、部長に声をかけた。
 程なくして、「当の株式会社ヤマトまほろばの社長は、部長さんの名前を聞いても、すぐに顔が思い浮かばなかったらしい」と教えてくれた。

「事件のことで動揺していただけじゃないのか?」と部長は言い訳がましく食い下がっていたが、「『挨拶されたこと自体、覚えていないという様子だった』と連絡が入っていますが?」と返され、狼狽していた。
 その言葉を聞いて「本当は、部長が真犯人なのでは?」と疑心暗鬼になったのは、私だけではないはずだ。

 窮地に立たされたと感じたのだろう、部長は持ち前のせっかちな性格と疑いの目をかけられた焦りとを掛け合わせて、捲し立てて話した。

「いやその日のことは、昨日部下の日奈田から聞いたんだ。日奈田がスケジュールの作成やイベントプランも事前に確認していたって聞いたから、当日の流れや、あとの詳しいことはこの日奈田に聞いてくれ」

 その場にいる者たち全ての目と体が、同時に私の方へと向いた。疑惑の視線が大粒の雨のようになって、余すことなくすべて私に降り注ぐ。

 部長の話は事実である。事件当時も今も、私の手元には香盤表がある。何より、私はその日のイベントの内容を計画できる立場にいた。
 率直に言って「まずい」と感じた私は、傘を広げるかの如く「待ってください」と叫んで、周りの者たちとの間に距離をつくる。

 その後は、今考えても最悪だった。引き出しに閉まっていた日記の存在が明るみになったばかりか、その日記の内容を大勢の前で読み聞かさなくてはならない状態になったからだ。

「順番に話しますから」
 そう言って私は、今から2ヶ月前、すなわち事件が起こるおよそ2ヶ月前に珍しい人物から連絡があったことを、渋々と話し始めた。


 スマートフォンに映る名前を確認して、わずかに心が弾む。
「大塔くん! 久しぶりだね。どうしたの?」
「久しぶり、元気? ごめん、今忙しいかな?」
「全然、大丈夫だよ」
 電話の相手は、高校時代の同級生だった。

「今度うちの会社で、イベントをやることになってさ。日奈田って確かメディア関係で働いていたよな? ちょっと、力が借りれたら嬉しいなって思って」

 地方のケーブルテレビ局の職員を、どれほどの「メディア関係者」として頼りになると見込んで電話をくれたのだろう。わざわざ自分からその期待値を確かめるのもなんだか恥ずかしく感じて、早くなった鼓動を隠すように「もちろんだよ」とだけ早口で返した。

「詳しいことは会って話せない? オンラインでももちろんいいんだけど、どうせなら久しぶりにお酒でも飲みながら」
「え」嬉しい、断る理由がない。私はあっさりと彼の提案を受け入れた。

 日時や場所のやり取りを終えた私は、その日の午後から約束の日を迎えるまでの毎日、精力的に仕事をこなしていった。ハリが無かった毎日にいきなり大量の化粧水を浴びせたかのように、潤いとやる気を一気に取り戻した感覚だ。先に楽しいことが待っていると、人はこんなにも頑張れるものなのか。

 約束の日。週末ということもあってだろうか、予約がないとスムーズに入れなさそうなお洒落な居酒屋のフロントで、私は彼の名前を店員に告げる。通された個室で私は、一人で彼を待っていた。

 襖が開く。心臓を慣らすように、彼の足元から見上げる。その先にあった彼の顔は、10年経ってより清潔感が増し、爽やかな髪型とキリッとした切長の目、すらっと通った鼻筋に尖った顎。細身の3ピーススーツのおかげもあって、よりスマートな青年の印象になっていた。敷居を跨ぐタイミングで、ほのかに甘く爽やかな柑橘系の香りまでふわっと香ってくる。
 浮き立つ気持ちを抑えながら、私は「久しぶり!」と軽く手を振る。友人の結婚式以来に利用したネイルサロンのスタッフのおかげもあって、個室のスポットライトに照らされた私の爪が、綺麗に輝いた。

「遅くなってごめん」という彼の声を聞いて、髪の毛で顔を隠すように、頭を小刻みに振った。
 ああ、この声、懐かしい。そんな余韻を噛み締めようとしていた私の視界に、彼の脱いだと思われる靴を代わりに揃え、部屋に入り込もうとしている女性が映り込んできた。驚きこわばった私の表情はみるみるうちに曇って、やがて色を失った。

「本日はお忙しいところお時間をいただき、誠にありがとうございます。はじめまして、私、株式会社ヤマトまほろばで広報を担当しています、加藤と申します」

 個室の入り口付近で立ったままそう言って、差し出す名刺を持つ手の薬指には、指輪がキラッと光って見えた。
 ロングヘヤーの彼女の髪は、きれいにまとまっている。いつも言うことを聞いてくれない私の前髪やショートカットの毛先とは、細胞のレベルが違うのだろうか。同年代のように見えるけれど、潤いと色気が満ちているような肌艶を見て、私は韓国の女性アイドルを見るような視線で、少しの間、彼女に見惚れていた。

「はっ」
 私は慌てて席を立ち、彼女の側までかけ寄った。
 指輪から目が離れない私は彼を打ち見、脳裏に邪推が過った。
「会社の人だし苗字は加藤だし、違うか……」と、ざわついた心が悟られないように気をつけながら、丁寧に名刺を受けとる。

「二人きりってなると、ひょっとしたら日奈田が困るかなと思って、一応ついてきてもらったんだ」
 なるほど、彼なりの気遣いだったのか。
「そんな、気を使わなくてもよかったのに」
 私は本音のつもりで答えた。
 彼の指をつい確認したくなったけれど、この飲み会がつまらないものになりそうな気がしてやめた。

 今思えば、声をかければすぐについて来てくれる間柄だったんだろう、と気づくべきではあった。ベキ論者の臭いが私の体に染み付いてしまっているのは悔しいが、当時の私にそこまで考えは及ばなかった。

 一通り注文をして、お酒や突き出しが揃ったタイミングで彼は、「で、早速だけど」と、まほろばタワーのイベントについて話を始めた。
「一応、まだプレスリリース前だから、今のところはこれで頼む」と言って、彼は人差し指を立てて口元に当てた。一緒にウインクでもされていたら、心臓が跳ねて肋骨にヒビくらいは入っていたかもしれない。薄暗い個室とスポットライトの演出のおかげで、「しーっ」のジェスチャーをする彼との約束は「二人だけの秘密な」感が半端なかった。
 まあ実際は、今、この場に三人もいるけれど。

 それで、と続けて「イベントのノウハウが知りたいんだ」と、彼は本題に入った。
「ノウハウ?」私がそう訊ねると、目の前の二人は頷いた。
「そう。メインイベントはただのタワーのお披露目会ではあるんだけど、せっかくなら色々と派手にやりたくて」
「色々と派手に?」
 そう聞き返しながら私は混乱していた。
 あのビルの外見は、どう見たってただのタワーではない。完成前のために防音シートやフェンスなどによって敷地内は隠されていたが、それでも十分な威圧感があった。
 あのビルの紹介よりも派手にやりたいというのは、一体何なのだろう。

「とりあえず今我々で上がっているのは、当日の様子を動画でライブ配信することと、弊社のマスコットキャラクターを紹介すること……だけでして」
「まずはそのゆるキャラを、派手に紹介するプランを教えてもらいたいなって思って」

 そう言うと彼は、自分のスマホの中にある写真データを見せてくれた。
 その姿からはどこにも「ゆるキャラ」感がない。
 剣を持っているからだろうか、凛々しさすら感じるそのキャラは、颯爽と動きそうなイメージがある。
 そのキャラの名前を見ると、社名から着想を得たのだろうと、容易に想像ができた。

「『タケル』って言うんだ、このキャラクター」
「そう。『株式会社ヤマトまほろば』だから、タケル。ヤマトタケル。たしか『大和は国のまほろば』っていうのも、ヤマトタケルが言ってたらしいんだよね」
「本当は、駅前にビルを建てたくらいのときに、広報の中で『今の時代、キャラクターはあった方が良くないか?』という話になったのですが。デザインやら商品化やらの調整で手間取ってしまい……」
 それでタイミングが今になってしまった、と言うことらしい。
 そして「『どうせなら、まほろばタワー完成イベントで派手にお披露目しようよ」と広報を中心に社内で話がまとまりまして、じゃぁどうやって進めようか」と考えた挙句、私に白羽の矢が立ったと言うわけだ。

「わざわざ広告代理店やイベンターに相談するほどデカイ規模のものは必要なくてさ。ほら、メインはなんと言ってもビルの方だからね。そこでメディア関係者なら、なんかいい案とか? いいツテみたいなものがないかな? と思って」
 ぜひご教示を願えませんでしょうか、と言い添えながら、隣の広報の女性も頭を下げていた。

 正直なところ、荷が重い。まだわずかなお酒と付き出ししか入っていないはずの私の胃袋が、鉛のおもりでパンパンになったみたいだった。
 自分たちのケーブルテレビ局のゆるキャラですら、その認知度を上げることに非常に苦戦を強いられている。SNS全盛期の今、マーケディング戦略は困難を極める。宣伝臭がしすぎてもダメだし、かといって自虐路線やキャラクターの個性路線で攻めると、一つでも言動をミスしたときに、全てが水の泡になる。
 そもそもゆるキャラのブランディングを自社のみでやろうとすれば、相当の準備と戦略が必要だ。もちろん私に、有名なインフルエンサーの知り合いがいるわけでもない。
 自社のゆるキャラすらそんな状況なのだ。そんな私が大企業のマスコットキャラクターの初お披露目の演出プランを考えるだなんて、烏滸がましいにも程がある。

 丁重にお断りしよう、そう思った時、彼の困った表情が目に入った。どうしようかな、と後頭部を数回掻きながらため息を漏らす彼を見て、回れ右をするかの如く、一、ニの三で、私の心に火がついた。
 広報の女性を一瞥し、彼に提案する。

「燃え盛る火の中から登場するのとか、どう?」
「え?」
「ヤマトタケルって、草薙の剣で目の前に巻き起こる炎を切ってたらしいよ」
「詳しいんだね」
「昔、奈良の地方劇団の取材に行ったことがあって、そのときに上演してたの。ヤマトタケル伝説」

 思いつきにしては、なかなかよかったのではないか。
「失敗は成功のもと」
 そんなフレーズが脳裏をよぎり、ホントそうだよなと実感した。

 当時、私は「ヤマトタケルって、ヤマタノオロチを退治した人ですよね」と取材の対象者、すなわち当時の劇団員に聞いたことがあった。
 するとその劇団員はばつが悪そうな顔をしながら「それは、スサノオですね。ヤマトタケルは火が燃え移った草原を、草薙の剣で薙ぎ払った人ですよ」と答えてくれた。
 今でも、スサノオとヤマトタケルの違いはよくわからなかったが、「そうなんですね、スサノオとヤマトタケル、ちゃんと覚えておきます」と当時の劇団員に引き攣った笑顔で返した覚えがある。

「いいんじゃない?」「やろう、やろう」と、学園祭の準備よろしくキャッキャしている二人の様子を眺めながら、広報の左手薬指が再びチラッと視線に入ってきた。

「聞くは一瞬の恥、聞かぬは一生の恥」

 そんな言葉も「失敗は成功のもと」と一緒に脳裏に浮かんだが、劇団員のときとは違って、今回はビールと一緒に流し込んで無かったことにした。

  ◇

 刑事たちは私の話を聞きながら、時折手帳にメモをとっていた。私の話を聞いて、これから裏を取ったりするんだろうか。
「なるほど。ということは、今回の事件の元となったのは、日奈田さんのご提案だった、ということですね」
「アイデア、という意味ではそうなのかもしれません」
「アイデア以外に関与された部分というのは?」
「いや特になくて」
「キャスティングとかスタッフとかの手配は?」
「特効や小道具なんかは何とかなると思う……と言われて、キャラクター登場の場面については、それきりでした」
 この状況だと、私は何罪になるのだろうか。不安が脳内を埋め尽くした。
「で、日奈田さんと大塔翔太さんとのご関係は、高校の同級生……でいいんですよね?」
「どういう意味ですか?」
「恋人とか、元恋人とか。そういう関係ではない、という意味で確認しています」
「違います」
 本当に刑事ってプライバシーもデリカシーもないんだな。そんなふうに考えていたところ、もう一人の警官がさらに私に訊ねた。
「この、端に書いてあるメモの意味は?」
「ああ」と言いながら私は『カンおじ あとで㋙ 白 メガネ』と書かれたメモをぼんやりと見つめる。後で話を聞きに行こうと思って書いていました、と説明した。
「この㋙っていうのは?」
「コメントを撮る、って意味です」
 ふーん、と納得したのか疑っているのかわからない温度感で返事をされる。
「この、『カンおじ』っていうのは?」
「観覧車おじさんです。トークイベントの時に、『観覧車建てませんか?』って尋ねていた、変なおじさんがいたので」
 返答してすぐに、「変な」は余計だったかもしれないと少し反省した。さっき「恋人じゃないんですよね?」と念押しされたことで、なじられているような気持ちになり、やや平静を失っていたのかもしれない。 

「どんな特徴の人でしたか?」
「え?」
「その、観覧車おじさんという人は」
「ああ。そこに書いてあるとおり、白い服を着て、メガネをかけていました」
 背丈や雰囲気などはあまり覚えていなかったが、身の潔白を証明するつもりで、わかる範囲で伝えた。カメラにも収まっているはずなので、後で確認されますか? と提案し「お願いします」の返事を聞いた。

 それにしても、尋問や聴取というのは、こんなにもこちらの気が滅入るものなのかと初めて知った。

「大きな事件では、第一発見者、目撃者、被害者は、犯人ではないけど疑って話を伺います。シロにするためには、聞かれたら嫌だな、忘れたいなという内容であっても、聞かないといけません」
 昔見た警察のドキュメンタリー番組で、確かそんなシーンがあったなと思い出す。

 刑事たちは、「今日のところは一旦これで」と言って、帰っていった。
「一旦」という言葉がささくれのようにしばらく気になったが、仕方がない。私たち庶民は、聴取を拒否すると一気に疑惑の雨粒が降り注ぐし、別にやましいこともないのだから、対応するのは義務だとさえ感じている。

「まったく! こんな気分じゃ、ろくに仕事もできないじゃないか」と部長は怒っていた。あなたはいつもそんなに仕事をしていないでしょ、と教えるべきかどうか悩んだ。

 相変わらず部長は戦力外の様子だ。ここは私と後輩たちで一つずつ、溜まっていた企画書の整理や営業部からヘルプで来ていた仕事をこなしていくしかなさそうだ。

  ◇

 2日後、裏取りが済んだらしく、職場にかかってきた私宛の電話で「ご協力いただきありがとうございました」とだけ報告を受けた。部長さんにもよろしくお伝えください、と言付けされたから「人を疑っておいてそんなものなの? 直接ごめんなさいとかも無いの?」となじりたくもなった。
 とはいえ、何だか肩の荷が降りた気がして、正直ホッとしている。

 しかし、そんな気分も束の間。「部長は関係なく、日奈田さんに一つ、ご確認したいことが」と、私だけ延長戦に入るような口ぶりだった。
 まだ、続くの? と思うと、目の前がベトついたモヤで覆われそうになった。これ以上のストレスは肌に悪い。寝不足による乾燥で、化粧のノリがこの数日間、ホントに良くない。

「教えていただいた『観覧車おじさん』のことなんですが、この方の行方をご存知ないでしょうか」
「え?」
 行方? どっかに隠れているのだろうか。
 知りませんよ、あの時も結局インタビューとれていないんですから、と答える。
「やはりそうですよね」
「はあ」
「お時間をいただきありがとうございました。もし彼から連絡があったら、警察の方にご連絡をいただけますでしょうか」

 なぜ、私のところに観覧車おじさんから連絡が来ると考えているのだろう。インタビューは撮っていないし、よく見えてはいないけど、たぶん知り合いでもないはずだ。藁にもすがるってやつだろうか……いや、手当たり次第に網を広げているだけか。

 それにしても、まだ真の意味で私の事件関与の疑いは、晴れていないのだろうか。こんなモヤモヤした気分では、仕事にならないじゃないか。

 とりあえずここで私一人ウダウダ考えていても時間がもったいない。私は電話を切って、引き続き、溜まった仕事を一つずつこなしていく。
 マイナスになってしまった弊社に対する信頼を、せめてプラスマイナスゼロくらいにまでは持っていかないといけない。
 部長に任せていては一体いつになるかわからない以上、私たちがしっかりと働かなくてはならなかった。

 使命感だけで乗り切った午前中。気がつくと、あっという間にお昼休みの時間帯を過ぎていた。

 スマホを見ると着信が3件も入っていた。全て同一の番号からだったが、アドレス帳に登録されていないナンバーだった。

「誰だろう」さすがに3回も立て続けにかけて来ているところを見ると、私の知り合いの誰か……またはタイミング的に警察関係者とかだろうか? そんなことを考えながら恐る恐る折り返す。

 やや食い気味に相手が電話に出たため、頭をぐいっと後ろにそらした。さらに、相手が口早に名乗った名前を聞いて、目を丸くする。

「日奈田、久しぶり。円山です。日奈田が高2のとき、担任だった円山一朗です」

<続>

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