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観覧車グラビティ 第三話

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日奈田とタワー

「おーい、そろそろ行くぞー」
「はーい、今すぐ!」

 相変わらず自己中でご都合主義の上司だなと思う。私はいつも通り、隠れて舌打ちをした。早く向かいたいのなら、手分けして荷物を持っていった方が早いのに。そういうところがあるから、奥さんと子どもも愛想をつかしたんじゃ無いだろうか、と勘繰ってみる。答え合わせをしてみる勇気はないけれど。

「自己中上司のやっつけかた、知ってる人ー?」とかSNSで聞いてみようかなー、反応は良いかなー、などと考えると自然と口元が緩くなった。私の悪い癖だ。SNSに書き込みたいネタが見つかると、つい口元が緩くなる。

「おい日奈田ひなた、まだか?」

 壁からひょこっと、おしゃれとは無縁な白髪混じりの髪型をした、ぷくぷくの丸顔が覗き込んできた。矢の催促を受けた私は、口元を隠すように下を向きながら、すみません、と口だけで謝った。
 視線を合わすことは絶対に、絶対にできない。

 地方のケーブルテレビの取材業務は、カメラマンとディレクターである私の二人でこなすことが多い。忙しいときにはカメラも私がやる。ワンオペだ。私がもっと可愛ければ、チヤホヤされて周りからあれこれ助け舟がでていたのかもしれないけれど、今さらどうしようもない。むしろ30歳の大台に乗る目前の私が、キャピキャピしながら仕事をこなしている姿は想像ができない。どちらかというと、そういう女を横目に見るのが私だ。

 会社の従業員数は200名くらいだが、そのほとんどは窓口営業だったり法人営業のサポート業務をおこなっている。私も入社したての頃にはそこに配属された。女性というだけで優先的に窓口に座らされた訳じゃないと信じたいが、当時は、見渡す限り女性が窓口に座っていた。
「こうやって契約をとって、その人たちが利用料を支払ってくれるから、私たちは給料が貰えているのよ」と、社内教育を充実させる目的があったと知ったのは、私に後輩ができてからだった。

 設備の建設や保守管理をおこなっている人たちも決して働いている人数は多くない。しかし私たちのように、番組を作ったり外部に向けて情報を発信したりする部署は、特に人手が足りなかった。新卒で採用するのは専ら営業と保守管理のみで、番組制作部署は、中途ですら採用していないことが原因だ。
 そもそもマスメディア志望の人たちは、テレビ局や新聞社に就職を希望することが多い。ローカル局や地方紙なども含めれば相当数の企業があるはずなので、第1志望で地元のケーブルテレビ局のメディア部門を目指すような人は、今ではあまり居ないのかもしれない。

「企画、取材、撮影、編集、送出まで、全ての工程を一人で担当できるよう育てていくので、マルチに活躍できる働き方が可能です」と書かれた求人募集要項を思い出す。
「自分のしたいことが形にしやすいのかも?」と就活中には期待で胸は膨らんだが、ワンオペになった時のクレーム対策として予防線を張っていたんだな、と入社して7年が経った今では達観していた。

 1つの番組にかけられる予算はあまりないから、毎日取材に行くわけにもいかない。2本どり3本どりの撮り溜めはもちろん、1度制作した作品は1週間に何回も放送する。

 かといって私たちの作っているコンテンツは、営業や窓口の人たちがケーブルテレビを勧める際の重要な武器の一つにもなるから、一切手は抜けない。
 ギブとテイクが不均衡の中、最高のパフォーマンスを出し続けなくてはいけないのが、この部署の最も辛いところだった。

 担当している番組の一つで、地元にゆかりのある芸人と一緒に地元の小学校や中学校を巡る番組がある。そこで働いている先生たちを見ると「私と同じでギブとテイクが不均衡な状態だな」と感じた。たまにある、啓蒙活動の情報発信企画として取材をさせていただく町医者についても、同じようなことを感じた。「先生」と呼ばれる人たちの働き方は押し並べてギブとテイクが不均衡な状態にあると感じる。
 そのことに気がついてからは、私も自分のことを「先生」と呼ぼうか、本気でそう思ったくらいだ。
 先生は一人でなんでもこなす。
 見返りが足らなくても、ギブをし続ける。

 そんな普段の労働環境とはうって変わり、今日は三人もいる。
 いつもお世話になっているという地元有名企業のイベントがあり、そのオープニングセレモニーの様子を取材し、撮影するためだった。

 部長が「いつもあそこの企業にはお世話になっているから、顔だけでも出すべきだろう?」と、ベキ論者らしいそれっぽい理由を付けて、挨拶をするためだけについてくる。目の上のたんこぶめ、せめて荷物くらい持てよ。

 私たちは、社名が大きく描かれたステッカーの貼ってある軽自動車にせせこましく乗り込み、目的地へと出発した。


 ステージを右前方に見るような形で場所を確保する。私は香盤表に目を落として、イベントの開始に備えていた。

 日曜日ということもあってだろう、イベント会場にはそれなりに多くの人たちが集まっていた。外国人も多く見受けられたので、観光のついでに立ち寄っている人もいるのかなー、なんて思考を巡らせる。
 あとで感想を撮らせてもらいやすそう人はどれかなー、どれにしようかな、などと鼻歌混じりに品定めならぬ人定めを無意識にしているのは、もはや職業病に近いのかもしれない。

 イベントの司会者はよく知っている女性キャスターだった。もっとも、会場に来ている多くの人たちにとってみれば、名前を聞いてもわからないと思う。地方のケーブルテレビ局の職員だからこそ、よくみる顔だった。地方のメディアに露出できる人材は、良くも悪くも限られている。狭い世界なのだ。
 彼女は相変わらず今日もメイクがバッチリのご様子で、私は彼女と張り合う気にもならない。愛嬌なら負けない自信があるけれど、男性スタッフは皆あぁいう方が好きなんだろうなーというのは、取り巻く男性スタッフの人数の多さで窺い知ることができた。

 会場に到着してから部長を一切見かけていないが、どうせステージ横に見えるテントに顔を出しているのだろう。「俺のいるべき場所は報道席ではなく、関係者席だろう」とでも言っているに違いない。こちらとしても、いかにも不健康な肥満体がこの狭いスペースに割り込んでくると思うと願い下げのため、むしろ好都合ではあった。

 よく通る、色気のある声が聞こえた。合わせて拍手が起こる。イベントが始まったようだ。私は、持っていた香盤表から舞台上へ視線を移す。簡単に本日のイベントの内容が紹介されたタイミングで、司会者が呼び込みをおこない、イベントの主役たちが登壇した。

 市長、関連会社の社長など、イベントに招待を受けた来賓の人たちが順に挨拶をしていく。最後に地元企業のオーナー社長の挨拶が始まった。わー、とも、おー、とも判別できない歓声が上がる。拍手もそれなりに聞こえたが、そのほとんどは、観客席横に立って並んでいた社長のところの社員によるものだった。

「えー、本日はみなさま、奈良ヒルズまほろばタワーの竣工式にお集まりいただき、誠にありがとうございます。ご紹介に預かりました、株式会社ヤマトまほろばの大塔ダイトウでございます」

 奥行きのある渋い声は、力強く会場に行き渡った。
 奈良県には、大企業と呼べるほどの会社はそれほど多くない。上場している企業ともなると、指折り数えられる程だ。
 そんな中でもこの企業は、群を抜いていた。創業当時は奈良県の中南部に位置する山の麓に小さな事務所を構えて事業をスタートさせたようだが、数年前には県庁所在地の駅前に大きな自社ビルを建てて、本社機能をごっそりと移転させた。
 今がチャンスと言わんばかりに、立て続けに観光名所に程近いこの場所にも、宿泊施設や商業施設を兼ね備えたこんなにも大きなビルを建てたものだから、よほど業績は好調なのだろうと窺える。

 昔、奈良の建築基準は厳しく、建てられる建物の高さに制限があったらしい。
「奈良もいい加減、時代とともに少しずつ変化や許容を取り入れるべきだよ」などと部長が話していたことがあったが、つまりはそういうことなのだろう。

 高額な費用がかかる発掘調査は、今も新しく施設を建てる場合は義務として残っている。奈良では新しく建物を建てるとき、その地盤に何も無いかを調べなくてはならない。費用はもちろん建てる人が払う。大昔の人たちも「まさか自分たちの使っていたものが、必要以上に価値を見出され、虎の子のように扱われる時代が来るとは」と驚いているかもしれない。それほどこの奈良には、ありとあらゆるものがそこらじゅうに埋まっている。しかしその発掘調査も、すでに多くの建物が建てられていた一帯を丸ごと買い取って建てたものだから、ほとんど不要だったのだろう。30億円とも40億円とも噂されていた建設費用は、この高さを見ると納得させられる。

「これからの日本にとって、奈良はまさに『国のまほろば』になる! そう私は確信しています。その先駆けとして、私たちはこの場所に、奈良ヒルズの建設を計画し、そして本日無事、みなさまにお披露目をさせていただくことができました」

 再び、わー、とも、おー、とも判別できない歓声が上がる。
 低音と高音が入り混じったよく響く声は、耳にスッと入ってくる。50代後半とは思えないくらい、ほどよく筋肉のある均整の取れた体から発せられるその声に、会場にいるものたちは皆聞き入っているようだった。

 大阪にある大学に通っていた私からすれば、「とは言っても、やっぱり奈良だしな……」という規模感でビルを見上げたが、確かにまわりのビルと比べると頭20個分くらい違う。このビルが高すぎるのか、それとも周りが低すぎるのか。
 奈良県に長く住んでいる人たちからすると、こんなに高いビルは見たことがない様子だった。うちのカメラマンに目を向ければ、どうやればビルの全体像と社長を一緒の画角に収められるのか、その構図に苦労している様子が見てとれた。

「それではこれより、トークセッションを行います」
 よく通る、色気のある声が聞こえた。
 本日のメインイベントの一つが始まった。

 新進気鋭の、ましてや奈良県では大変珍しい大企業の社長さまと、直接言葉を交わせる機会はほとんどない。私も聞いてみたいことはいくつか思い浮かんだが、社名が大きく書かれたスタッフジャンバーを着ていたし、何より私自身のSNSを賑わすためだけに聞いてみたいと思ったような質問だったので、今はとりあえず大人しくしておいた。

 そんな私と目的は違うだろうが、会場でも結果的にダンマリの時間がしばらく続く。
 ここは奈良だ。大仏商法と揶揄されるほど「待ち」が基本スタイルの県民性だ。司会者と登壇者たちに、手持ち無沙汰で気まずい時間と空気が流れる。

「あの」と、30代か40代くらいの男性が手を上げた。待ってました、と言わんばかりに、アイメイクばっちりのキラキラとした司会者の目が、よりいっそうの輝きを放った。
 スタッフがマイクを持って、飛び跳ねるように側まで駆け寄る。

「社長にお尋ねしたいのですが、今後この街に遊園地を作る可能性はありますか? 遊園地じゃなくても、観覧車だけでも良いのですが」

 おじさんから「遊園地」だの「観覧車」だのと、およそ似つかわしくない単語が聞こえたためだろうか、あちこちで笑いが起こる。いや失笑や冷笑に近い。私も仕事でなかったら、同じように小刻みに肩を揺らしながら息を漏らしていたかもしれない。

 今日はSNSのネタに困らない日だな、と思うとやはり口元がやや緩んだ。

「観覧車……いいですよね。奈良には遊園地がだいぶ減ってしまったので、今、観覧車は奈良にないですからね。いずれは、作ってみたいなとは思います。しかし、まずは住み良い街、魅力的な街を作っていくことが大事と考えています。そういう意味では、遊園地などよりはむしろ、学校や教育機関など、そういった、子どもや若者にとって本当に必要な、活気のある街づくりを、今後も引き続きしていきたいと考えています」

 マニュアルでもあるのかと疑うほどだった。荒唐無稽に思える相手の意見を受け入れながら、自分の意見を嫌味なく溶け込ませて返答する。その技術を目の当たりにして、「さすが、大企業の社長さまは違うな」と感心せずにはいられなかった。

 大塔社長の言う通り、奈良に遊園地はかろうじてあるが、観覧車はなくなってしまった。周りを山々に囲まれた奈良にとって、「遠くまで見渡したいなら、山に登れば良いじゃないか」とでも言わんばかりだ。
 高さ制限が撤廃された今でも、観覧車を作ろうという話はまったく聞いたことがない。

「なんでも作りたいものを作ればいいってことじゃないんだよ。わかるか? 需要とコストに見合うだけの利益が得られる算段がついて初めて、ビジネスになる」という部長の声が、どこからか聞こえてきそうだった。
 ほんと、部長は今どこをほっつき歩いているんだ。

 おじさんは口ばかり出して、手をうごかさないから嫌いだ。
「できない」「ありえない」「前例がない」と言うだけで、「じゃあどうするか」がいつもない。

 質問をしていた方のおじさんを見ると、やや残念そうに肩を落としている様子が窺えた。よほど観覧車が好きなのだろうか。あとで今日の感想でも聞いてみようと、忘れないうちに香盤表の端にメモを書き残す。

「それでは、続いて……」と司会者が話し始めた、その時だった。

 ステージ上に瓶が2つ投げ込まれた。パリン、パリンと割れた直後に、ステージの照明が落ちる。野外のため決して真っ暗になったわけではないが、それまでの舞台の明るさとのギャップで、ステージ上に掲げられたイベントのタイトル幕はやや目を凝らさないと確認できないほどではあった。
 ステージを取り囲むように、ブォン、ブォンと火柱が順に上がる。

「あれ、予定より早い?」
 私は香盤表とステージを交互に見て確認したが、サプライズは意外性が重要だ、と考えればこのタイミングは大正解だなと納得する。
 あたりに煙も立ち込め出した。冷気に近いような白い煙だ。立ち上る炎の火柱と、ステージ足元の舞台照明によって、本当に火事が起こっているように見えた。

「な、なんですかーこれは! 火事ですかー?」と、よく通る声で色気たっぷりにセリフが聞こえた。演技力は私の方がありそうだな、などと張り合ってみたものの「別にきっかけの意味しかないんだから、上手いも下手も必要ないのよ」というキャスターの主張がどこからともなく聞こえてくるようだった。

 女性キャスターの声に合わせて、舞台の真ん中にいた社長も、やや笑顔が引き攣りながら、子どものお遊戯会のような動きで司会者の方へと後退りして中央にスペースを空けている。
 座っていた市長や来賓たちには、あらかじめ指示があったのだろう。ステージ上のやや端に設けられた椅子に、先ほどと変わらず着席したままだ。本当の火事とも、何かの事件とも思っていない様子だった。
 誰一人ステージから人が降りてこない様子を見て、観客も安心してステージ上に視線を送り続けているように見える。

 三味線を使ったロック調のBGMが流れ、そのリズムに合わせて横から颯爽と剣をもったキャラクターが登場し、タイミングを合わせて火柱もリズミカルに次々上がった。立ち上る火柱は、その熱までこちらに飛んできそうな勢いだが、不思議と音だけが伝わってくる。
 登場してきたキャラクターは、一般的な人と比べてやや頭は大きく感じるものの、ゆるキャラというよりはヒーロー戦隊のキャラクターに近いような見た目だ。手に持った剣は、キャラクターとして持つにはややデフォルメが足らず、本物に近いような気がする。しかしクオリティは細部に宿ると言うので、あえてのこだわりのようにも感じた。
 炎の演出やステージ足元のライトによって照らされたその剣は、重厚感と冷気を纏いながら、キラキラと美しく輝きを放っていた。
 BGMのリズムに合わせて、キャラクターが剣を華麗に振り回す。薄暗い中、剣先のうごきに合わせて煙が流れる。炎に照らされた煙が切られているため、さながら炎を切っているように見える。

 おお、とも、うおぅとも判別できない感嘆の声が上がる。私はため息混じりに「すごい」と漏らした。

 BGMがサビに入る直前、高熱を出したときの鼓動と同じリズムでバスドラムの音が強く鳴り響く。合いの手として、語気を強めた男性の声も交じっている。和太鼓の音も入ってきて、激しさを増したBGMと掛け声は、会場を煽るようにも聞こえるし、誰かの断末魔のようにも聞こえた。

 しかし、そんな盛り上がりのあるBGMや掛け声とは打って変わって、ステージ上では動きがなくなってしまった。キャラクターもよく見えない。誰かが段取りを忘れているのだろうか、炎を模した煙が充満したままだ。ステージ上の司会者も登壇者たちも、私の位置からではよく見えなくなってしまった。

 やがて異変を察知したかのように、BGMは音量が絞られ、舞台上に照明が戻った。ステージ上では、白い煙が狼狽した様子で、行き場を失って徘徊している。

「意外とあっさり終わるんだ……これから盛り上がりそうだったのに」と、消火不良だった結末を見て、「私ならどうやって演出していただろう」と考えていた。
 そのタイミングで悲鳴交じりの叫び声が聞こえ始めたため、かぶりを振った。

 ステージに目をやると、壇上で座っていたはずの地元市長が倒れており、その周りには多くの来賓たちや異変を察知した誘導係の人たちが集まっていた。「誰か、救急車を早く!」「大丈夫ですか!」などの声が飛び交っている。

 今日は、本当にSNSのネタが尽きない日だ。
 どれから書こうか、いや書くべきなのか? わからなくなっていた。

<続>

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