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近所の歯医者さんで出会った人

かかりつけの歯医者さんは家の近所にある。
地元に深い関わりがないので、知り合いに会うということはない。

だがその日、治療が終わって支払いを待つわずかな時間に、待合室にいたおばあさんに突然話しかけられた。

「あの…、あなた、どちらの美容室に行ってらっしゃるの? このご近所だったら紹介してもらえませんか?」

ものすごく驚いた。どう考えてもほめ言葉だ。髪の毛をほめてくれている!

私の髪の毛はひどいくせっ毛で量も多く、まとまらなくて困ったもので、どちらかというとほめられるような髪質ではなかった(パーマかけなくてもいいのは経済的ね、と言われるくらいである。しかしパーマがなくてもくせがついた髪の毛というのは、経済的かもしれないが手間はかなりかかるので時間のロスは大きいと思う。自分ではくせがついててよかったと思ったことは一度もない)。

そんなわけで、髪型をほめられるなんて生まれて初めてだったので(しかも全然知らない人に!!!)、びっくりした。

さらに驚いた理由がもう一つある。

当時の私は、乳がんの抗がん剤治療で髪の毛が全部抜けていて、ウイッグをつけていたのだ。ほめられたのは地毛じゃないってこと。

彼女は、私の髪型がウイッグだなんてことはもちろん知らない。知らないで、私の髪型が私にとても似合っている、どこでその髪型にしてもらったんだろう、と思い切って知らない私に聞いてみようと思ったということだ。

何も知らずにそう言ってくれた人に、本当のことを言ったらかえって申し訳ないと思われちゃうかも、いえこのへんじゃなくて表参道のヘアサロンなんですとか適当なこと言っちゃった方がいいのかな、とか一瞬いろんなことを考えた。でもうれしかったので本当のことを言うことにした。

「そんなふうに言ってくださった方に言うのは本当に申し訳ないんですけど、これ、ウイッグなんですよ。カツラなんです。」

今度はおばあさんがびっくりした。そりゃそうだよね、知らない人に思い切って声かけて髪型素敵ですって言ったら、まさかウイッグなんて。あり得ないよね。その時のおばあさんのお気持ちを思うと、今も何とも言えない気持ちになる。「えええええ、あらあ………、ごめんなさいね、でもとっても素敵にまとまってらっしゃるものだから…この近所の美容院だったら、私もそこに行こうかななんて思って。あらもう本当にごめんなさいね!!!」

そうだよねえ、私だって誰かに同じこと言ったらそう言っちゃう。でもおばあさん、私はウイッグが似合ってるってほめられて本当にうれしかったの。本当にはげまされたの。自分から進んでウイッグ生活になったわけじゃなかったから、まさかそんなふうにほめられることがあるなんて思わなかった。おばあさんが無意識にくれたやさしいほめ言葉は、今も、何度思い出しても、私の心をあたためてくれる。あのおばあさんお元気でいらっしゃるかしら。

今は幸い治療が終わって、自分の髪の毛で生活しているけど、気がついたらウイッグの時の髪型にちょっと似てきてるんだよね。それって、やっぱりほめられたことが関係してるんだろうか?
(ところで、書いてみると疑問が生じるもので、「じげ」って「地毛」? 「自毛」? どっちが正しいんでしょう? 「じげ」と入力するとまず「地毛」と出てきます。地毛=自分の髪の毛。「自毛」の場合は「じもう」と読むんだそうです。意味はどちらも同じで、自分の髪の毛という意味だそうです。知らなかった! 勉強になった!)

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