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夏の読書感想文 荒木経惟 東京人生SINCE1962


私は写真を撮るのが好きで、昔はフィルム写真もたくさん撮っていたし、今はデジカメで撮っている(エプソンR-D1Sという15年前の600万画素のデジカメ。マニュアルフォーカスの中古品だ)。これまで撮った数千枚の写真があるので、NOTEのトップ写真には困らない。今日のテーマではさすがに自分の写真はトップに出せないので著作権的にどうかわからないけれど、紹介する本の表紙をアマゾンから抜粋。

紹介する写真集は、「荒木経惟 東京人生SINCE1962」。私の座右の写真集だ。自分の部屋の本棚(と言っても5冊くらいしか置けないスタンド)にいつも置いてあって何かあるとぱらぱらとめくる。めくりだすとずっと見続けてしまう。写真家荒木経惟(アラーキー)のデビューから今(と言っても出版された2006年)までのモノクロ写真がベストアルバム的に並べられ、本人のコメントが入っている。アラーキーの入門書的な位置づけだけれど、私はこれでおなか一杯である。これ以上のものを見せられても私にはもう消化できない。私は1ジャンル1つの原則で生きているけれど、写真は今のところ「1人」でなくて「この1冊」で十分だ。

アラーキーは毎年のように非常に多くの写真集を出版している。ひたすら空の写真だけを写している写真集や自宅のバルコニーから見た道路だけをひたすら写しているだけの写真集もある。どちらも見ごたえ十分だけれど、おなかを壊すのでたまに図書館や紀伊国屋書店でぱらぱらと眺める程度にしている。本人曰く、「よく飽きずにやっているなと言われるけれど、面白くて仕方がない」ということだ。うちの妻ももう何十年も夕方になると毎日バルコニーから外を眺めているけれど、私には毎日同じようにしか見えない風景も、毎日見る価値があるということをアラーキーも私の妻も教えてくれる。

今日、久しぶりに開いてみたら、2007年のとある展覧会のチケットがしおり替わりに挟まっていた。電話をかける少女のページ。いい写真だなーと思って本を閉じたら表紙の写真だった。いい写真だと思う。まあこの本はどのページを開いてもいい写真で一杯だけれど。

お父さんが亡くなった時の写真も妻の陽子さんが亡くなった時の(棺の中で花に囲まれている)写真もこの写真集には入っている。どちらもアラーキーのベストアルバムには欠かせない。お父さんの写真は顔は写っていなくて刺青をした手を組んだ写真になっている。長い闘病の末に亡くなったので、元気なころの顔じゃなかったからフレームから外したということだ。写してしまうといつまでもその顔を思い出してしまうから。親父にはフレーミングを教わったと言っていた。反対に陽子さんは美しい顔で写っている。こちらは何度でも思い出したい顔だということだろう。陽子さんは42歳でがんで亡くなった。私がこの写真集を買った時は29歳だったのだけれどもう15年たって、私も妻も彼女が亡くなった年よりも年上になっていたことに驚愕する。

陽子さんの死に顔を撮影して公表したことについては当時かなり波紋を呼んでいて、篠山紀信などはかなり痛烈に批判していた記憶がある。でも、この写真を実際に見ると、アラーキーにとってはこの写真を撮らない、公表しないという選択肢はなかったのだと思う。アラーキーにとってシャッターを押すことこそが人生なのだ。篠山紀信にとってはシャッターを押すのは商売だということなのだろう。どちらが正しいという話ではない。

2000年にヨーロッパを一人旅した時、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、オランダー、ベルギーとめぐり、各国の美術館を手当たり次第に見て回った。その時に驚いたのはだいたいどこの美術館のミュージアムショップにもアラーキーの写真集があるのだ。篠山紀信は無かった。すでに2000年の時点でアラーキーの写真家としての評価は少なくともヨーロッパでは確立されていた。この写真集をみれば、その理由もよくわかると思う。

一つ私が好きな話を紹介すると、アラーキーはスナップ写真を撮るときに町を歩いている被写体となるフツーの人たちにかなり細かくポーズや構図を注文するらしい。昭和の日本を代表する写真家である土門拳の「絶対非演出の絶対スナップ」の対極を行くアラーキー。「アラーキーの写真」を撮るために、彼はいくらでも演出する。いい写真を撮るため注文を付けることに躊躇しない。前の記事でセカオワについて触れたけれど、ライブで自分を演出する彼、彼女、ピエロのように、アラーキーは被写体を演出することで、自分を演出し、自分の人生を演出する。写真に写るものこそが「天才アラーキー」の全てということだろう。

エロ写真のイメージしかない人も多いと思うけれど、日本が滅ばない限り、もし日本が滅んでも人類が滅ばない限り、永久に残る写真家と写真集だ。同じ時代に生きて、写っている被写体に共感できることに感謝。人生の楽しみを増やすために、この夏休みにぜひ手にしていただきたい作品。





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