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蝉の亡骸と小惑星探査機の話

マンションの入り口を出てすぐのところに、クマゼミがお腹を向けて転がっていた。今の季節、そう珍しくない光景だ。とはいえ、亡骸である。明日には清掃されて無くなっているであろうとはいえ、気持ちの良いものではない。

「うっ……」と小さく私が呻いたのを、後ろにいた夫は見逃さなかったし、その声が何を指してのものかも、瞬時に理解した。

「そういえばさぁ、ラジオで言ってたんだけど」

「ほぉ」と短く相槌を打って、夫に続きを促す。

「蝉ってさ、お腹向けて死んでるやん。普通の体勢で死んでるのって、見たことないやん。ラジオのパーソナリティの人、ずっとそれが疑問やったんやって。でもある時、『そういや蝉は何年も土の中にいて、やっと土を出たと思ったら数週間で死ぬ。そうだ、きっと土を懐かしんで、大地を見ながら死ぬんや』と思ったんやって」

蝉の造形を思い浮かべる。つぶさに観察をしたことはないが、確かに、目は背中側にある感じがする。実際、昆虫の目は人間の視野とは違うものがあるから、単純に背中側に目があるからして、腹側の景色が見えないとは言い切れない。しかし、「パーソナリティがそう思った」という話なら、別にそれで構わない。死期を悟った蝉は大地を恋い慕い、亡骸は大地へ還る。それでいいではないか。

「ふーん、なるほどねぇ」と言い、蝉の話は終わった。

翌日。帰宅を急ぐ薄暮れの中、なんとなし東空に星を見つけた時、小惑星探査機はやぶさ2の存在を思い出した。確か予定では今年、地球に帰還ではなかっただろうか。宇宙オタクではなくても、初号機は本当にドラマチックだった。多くのトラブルに見舞われ、惑星イトカワに辿り着いたものの、通信を途切れさせ、帰還は絶望的と思われながら、なんとか満身創痍で地球へ戻ってきた惑星探査機。ニュースでは何度もその快挙が報じられた。映画化もされた。それは私も観に行った。

はやぶさの最後のミッションは地球の撮影だった。はやぶさのカメラは地球とは違う方向を向いていたのを、なんとか制御して撮影したという。私の記憶が正しければ、約7年の孤独な宇宙の旅を送ってきたはやぶさに、最後に地球を見せてやりたいと思った、みたいな話だった。はやぶさ本体は、惑星のサンプルを閉じ込めたカプセルを残して、大気圏で燃え尽きる。その前に故郷・地球を見せてあげたかった、と。

はやぶさの話が、蝉の話と、ふと重なった。


……我ながら飛躍しすぎている。

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