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42 視座とクリティカルシンキングについて

10月27日の小平奈緒の引退会見は心に残るものだった。「氷上の空間に私の表現できる全てを描けた」「(氷上とは違う慣れない環境での活動が増えるが)唯一無二の自己表現というこれまでと変わらないテーマを引き続き探求したい」と彼女は語った。同じく氷上で闘ったアスリートから似た言葉を聞いたことがある。羽生結弦だ。2016年のグランプリシリーズで史上初の4連覇を達成した際、彼は「誰からも追随されないような羽生結弦になりたい」と語った。彼らは「表現」という言葉を遣う。理想の滑りを表現出来た時、勝利は自ずと付いて来る。突き抜けた成績を残すアスリートの視座とはそのようなものなのかも知れない。最善を表現するための過程がトレーニングであり、本番では対戦相手の有無に関わらず、それを具現化出来るかどうかのみが問題なのだ。それをマインドセットと言うことも出来るが、ここでは敢えて「視座」と言ってみる。
 
2019年、ラグビーワールドカップ日本大会で日本は史上初の8強入りを果たした。圧倒的な体格差の外国勢に立ち向かうために、ヘッドコーチのジェイミー・ジョセフは「トライを決める」という目的に向け、「体格差」「チームワーク」というパズルを組み立て「オフロードパスで繋ぐ」と言う視座を見出した。リスキーだがこれを「表現」できれば「唯一無二の」日本チームが実現できる。そしてそうなった。本場ニュージーランドメディアはオフロードパスを繋ぐ華麗な連携を「魔法のトライ」「シャンパンラグビー」と絶賛した。
 
東京五輪では女子バスケットボールで日本が歴史的な銀メダルを獲得した。身長193cmの絶対的エース渡嘉敷がケガで欠場する中、監督のトム・ホーバスはゴールという目的に向け、「エース不在」「身長差」「日本選手はもともと3ポイントシュートもフリースローも上手」というパズルを組み立て「3ポイントシュートを打ちまくる」という視座を見出した。選手たちが見事にそれを表現した結果、日本が放った3ポイントシュート数は2位のフランスに50本近く差をつけて出場国最多の190本となり、その成功率も38.4%と大会首位となった。
 
クリティカルシンキングという言葉がある。目的を達成するための手段や前提を疑ったり検証するといった意味だ。これまでの成功例や声の大きな人の提示する手段、そして自分自身の思考の前提を問い直す。目的を達成するための手段を網羅してオープンに考える。現在の状況下で目的を達成するための最短ルートを見出す。個別の状況下での最短ルートなので前例は無い。だから教科書も無い。そうして見出された結果が唯一無二の視座だ。
 
そう、ボスとか先生とか親とか部長とか課長とか所長とか工場長とか施設長とか酋長とか言われる人に必要な条件とは、クリティカルに物事を考えて現状下での唯一無二の視座を提示出来るかどうかと言うことだ。「ビジョナリーであること」と言っても良い。読書をしていて思わず線を引いてしまう箇所とは、新たな視座を提示された箇所である事が多い。「Schoo(スクー)」という社会人向けオンライン学習コミュニティで動画による講座を見ることがあるが、視座の提示されない講座ほどつまらないものは無い。私自身やたらめったら文章を書くタイプの人間だが、やはり視座を提示出来るかどうかをひとつの指標としている。

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