【実話】 祖母のささやき

私が小学生の頃、父が野球の練習中に右手の中指を骨折した。それが治って間もなく、こんどは仕事中に狭心症で倒れて入院してしまった。当時中学生だった兄が耳が痛いと言い出したのはその頃からだ。学校で授業を受けるのもままならないくらい痛いと言う。担任から医者へ行くようにと家へ連絡があった。耳鼻科で診察を受けたが原因がわからない。そこで再び、母は以前霊視をして貰ったあの寺院へ行ったのだった。

母が尼僧に話したのは兄の事だけだったが、母を見るなり尼僧は言った。
「あんたのご主人ケガしたでしょ? 今、ご主人動けないよね?」
「はい・・2ヶ月くらい前に骨折して・・それから今は狭心症で入院してます」
「ご主人のね、お母さんがね、苦しがってるの。 お仏壇の扉がずっと閉まったままだね。 開けてあげなさい」

我が家ではその頃、小学1年生の女の子を里子として預かっていて、かつて祖父が使っていた仏間をその子の部屋にしていた。そこには造り付けの仏壇があった。
祖父は前年、隣町に住む三男の許へ越していて、その時に祖母の位牌を持って行った。だから仏壇の中は空っぽだ。
中が空とはいえ仏壇が見えていては小学生の女の子が怖がるだろうと、両親は仏壇の扉に、当時流行っていたピンクレディーのポスターを貼った。

「おばあちゃんの魂は、お仏壇の中にいます」と尼僧は言った。祖母は自分の苦しさを、長男である私の父に訴えようとしたのだった。その最初のメッセージが指の骨折だった。しかし父は気付かない。そこで仕方なく、父を歩けないようにしてしまった。それが狭心症だった。それでもまだ父は気が付かない。そこで祖母は、父の長男、つまり私の兄の耳元でささやいているというのだ。
 
尼僧は母に、印を押した和紙を手渡した。これで兄の耳元に漂うものを包んで持って来なさい言う。しかしその必要は無かった。母が家に帰ると、兄は何事も無かったかのように友達とキャッチボールをしていた。2時間ほど前、母が尼僧と会っていた頃、突然痛みが無くなったのだと言う。おそらく尼僧が祖母の苦しさを母に伝えてくれたので、祖母も気が済んだのだろう。
 
それでも一応、尼層に言われた通り、耳の周囲に漂うものを和紙で包み、尼僧へ届けた。仏壇のピンクレディーのポスターはすぐに剥がした。父は三ヵ月ほどして退院した。

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