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伸びるか伸びないか、それが問題だ。

以下の記事は、松浦年男先生が主催しているアドベントカレンダー「言語学な人々2022」の記事として書いたものです。


夏によくいるプーンとうるさいあの虫や、その虫が吸う赤い液体。いまあなたがこの文章を読むために使っている体の一部や、いま私がこの文章を打つために使っている体の一部。

ふだんの会話でこれらのものが話題になるたびに、私はついついドキドキしながら、耳をそばだたせてしまいます。

「伸びる?伸びない?」と思いながら。

長さがみじかいことば

「夏によくいるプーンとうるさいあの虫や、その虫が吸う赤い液体。いまあなたがこの文章を読むために使っている体の一部や、いま私がこの文章を打つために使っている体の一部」。

これらはそれぞれ、「蚊」、「血」、「目」、「手」のことを指しています。
これらのものが会話に出そうなときに私がついつい気になってしまうのは、特に「蚊」や「血」が好きだからというわけではなく、これらのことばに共通しているある特徴のためです。
これらに共通している特徴というのは、長さがみじかく、1モーラ(ざっくり言うと、俳句や短歌で1と数えられる単位)しかもっていないというところです。
なぜ私は、1モーラしかないことばが気になっているのでしょうか。

世界の言語のなかの長さがみじかいことば

いろいろな言語で、長さがみじかすぎる語は好まれないという場合があります。
たとえば、英語では内容語(ざっくり言うと、文法的な意味を表すのではなくもっと具体的な意味を表す語)はすべて2モーラ以上をもっています(窪薗1995: 219-220)。
イースター島で話されているRapa Nui語でも、すべての内容語は2モーラ以上をもっています(Kieviet 2017: 41)。

みじかいことばがある場合に、どうにかして長くしようとする言語もあります。
たとえばCupeño語では、1モーラしかない語がそれ単体で発話される際には、ほかの音(声門閉鎖音;ʔ)をつけくわえることで、ことばの長さを長くするようです。

(1) číʔ(もともとの形はčí) 「集める」
(2) húʔ(もともとの形はhú)「おならする」

(Crowhurst 1994、和訳は松岡による)

このように、言語によっては、語は最低でも2モーラをもっていなければならない、という制約があります。
また、この2モーラから成るまとまりを、フットと呼ぶこともあります。
(モーラではなく音節が関与する言語もありますが、割愛)

語が最低でも2モーラをもっていなければならないというこの制限は、「最小語制約」と呼ばれていて、いろいろな言語で観察されます。

身近にある最小語制約

ここまで見た言語と似た現象、つまり、1モーラしかない語をどうにかして長くするという現象は、身近なところでも見られます。

例えば、日本語標準語を普段使っている方は、「目が痛い。」と言うときは(3)のように「目」の母音を伸ばさないけれども、「目痛い。」のように「が」なしで言う場合、(4)のように「目」の母音を伸ばして発音するのではないでしょうか。

(3) 目が  痛い。
(4)  目ー、 痛い。

このように、標準語は、(3)のように1モーラ名詞が助詞と一緒に現れるときには母音を伸ばす必要はないけれど、(4)のように、1モーラ名詞が助詞なしで現れるときには母音を伸ばす必要があるようです。
これは、(3)のときは1モーラ名詞と助詞が合わせて2モーラ(1フット)をもつので母音延長が生じず、(4)のときは助詞がないので、母音を伸ばすことによって単体で最小語制約を満たそうとしている、という感じだと分析できそうです。
フットのまとまりを( )を使って示すと、以下のような感じだと考えられそうです。

(3) (目が)  痛い。
(4)  (目ー)、 痛い。

ここまで標準語の例を見ましたが、1モーラ名詞の母音延長のしかたが標準語とは異なる言語体系もあります。

たとえば、関西方言を話す方や、なじみがある方は、「目が痛い。」という文を「目ーが痛い。」というふうに、目ということばの母音を伸ばして発話したり、そう発話されているのを聞いたりしたことがあるのではないでしょうか。
関西方言では、標準語と違って、1モーラ名詞に助詞がついている場合でも1モーラ名詞の母音が伸びるという現象が観察されるようです(杉藤・井本 1975ほか多数)。

大阪方言の例
(5) 日ィくれるで
(6) 日ィガ(松岡注:カタカナ表記を漢字表記に変更)

杉藤・井本(1975: 110)

つまり、大阪方言(の少なくとも杉藤・井本 1975が調査対象としている方のお一人)では、後続する助詞があろうがなかろうが、1モーラ名詞が自力で最小語制約を満たす必要がある、と分析できそうです。
(なお、杉藤・井本 1975によると、大阪方言の場合、若い世代では助詞「が」がついたときに1モーラの名詞が伸びたり伸びなかったりするようで、世代差があるようです。調査したい…)

1モーラ名詞の母音が伸びたり伸びなかったりする方言

ここまで、標準語で1モーラ名詞が「が」などの助詞なしで文中に現れるときには母音が伸びること、関西方言では助詞がついても1モーラの名詞の母音が伸びて発音されることを見てきました。
一方で、ここまで見てきた関西方言とも標準語とも違うタイプの方言、具体的には、助詞がついたときでも1モーラ名詞の母音が伸びたり伸びなかったりして、しかも伸びるか伸びないかに規則性がありそうな方言というのがあります。
私が調査をさせてもらっている福岡県柳川市の方言(写真1)や、宮崎県椎葉村の尾前(写真2)という集落で話されている方言が、そういった方言です。


写真1. 柳川、沖端地区(松岡撮影)
写真2. 尾前(松岡撮影)


この二つの方言では、1モーラ名詞の母音が伸びるか伸びないかに、さまざまな要因が関与しています。
ここでは、その要因の一つである、1モーラ名詞に続く助詞のモーラ数の影響を見ていきましょう(その他の要因についてはこちら)。

柳川方言では、1モーラの格助詞がついたときには母音延長が生じませんが、2モーラの格助詞がついたときは1モーラ名詞の母音延長が生じます。

柳川方言の例
めー うった。「目(を)打った。」
めの いたか。「目が痛い。」
めーから なみだが でる。「目から涙が出る。」

松岡のフィールドデータ

どうやら、柳川方言では、1モーラ名詞に1モーラの格助詞がついているときはこれらがまとまってフットを作るようです。
そして、1フットを満たしているので母音が伸びる必要がない、と分析できそうですね。

一方で、1モーラ名詞に「から」のような2モーラの格助詞がつくときには、まとまって1フットを作る、ということができないようです。
これは、2モーラの助詞はもう自分でフットを作ってしまえちゃうので、あぶれた「目」がなんとか自分で1フットを作ろうとして母音を伸ばしている、と考えることができそうです。
1モーラ名詞、健気ですね…

「目の」の場合のフットの作り方
(meno)([ ]はフットの境界)

「目から」の場合のフットの作り方
me(kara)→(mee)(kara)

このように、単に「助詞がついていたら伸びない」、「助詞がついていても伸びる」のではなく、その助詞が何モーラなのかといった要因まで絡んでくる言語体系もあるようです。


1モーラ名詞の話から少し脱線しますが、12/10に更新された加藤幹治さんのnote記事「はい、二人組を作って!」をする言語の話」を見て、「言語学な人々2022」内でまさかのフットネタ被りをしていることに気づきました。
フット、流行ってるんでしょうか…

加藤さんが挙げているフットのタイプは、「二人組を作れなかった人は三人組にしちゃいましょう」(伊良部)と「二人組を作れなかった人はごめんなさい…見学しててね」(黒木)の二つでしたが、ここまで見てきた1モーラ名詞の母音延長は「君には一人で二人分がんばってもらおう」タイプとでも言えそうです。

せっかくなので加藤さんの記事にのっかって、柳川のフットについてもう少し見ていきたいと思います。
加藤さんのnoteの中で紹介されていた黒木は柳川と地理的に近く、黒木のテ形と同様の現象は、柳川でも観察されます(松岡 2021: 43-45)。

kas-ta → kaita → keeta「貸して」
hanas-ta → hanaita → haneeta → haneta「話して」
gamadas-ta → gamadaita → hanaita → gamadeeta「精を出して」

松岡(2021:44)

柳川という一つの言語体系だけを見ていても、ある部分では「二人組を作れなかった人はごめんなさい…見学しててね」タイプが生じ、またある部分では「君には一人で二人分がんばってもらおう」タイプが生じる、というように、二人組の作り方は一つの言語体系内に複数ある場合があるようです。
黒木で「君には一人で二人分がんばってもらおう」タイプがあるかどうか、気になりますね。


1モーラ名詞がいつ伸びるのかが気になっています

ここまで見てきたように、「目」や「血」、「目」や「手」などの1モーラ名詞は、その母音が伸びたり伸びなかったりします。
一つの言語体系内(標準語なら標準語、柳川なら柳川)でも、1モーラ名詞の母音がいつも伸びるかというとそうではなく、その1モーラ名詞が文中でどういう環境で現れているかが影響しているようです。
さらに、標準語と関西方言、柳川(と、このnoteではあつかいませんでしたが尾前)をくらべてみると、1モーラ名詞の母音が伸びる環境は言語体系によって違いそうだ、ということもわかってきます。

伸びたり伸びなかったりと魅力的な1モーラ名詞ですが、実は、方言研究の中ではあまり注目されてきたトピックではありません。
一部の方言(関西方言など)では、「1モーラ名詞の母音が伸びる」といった記述がされていますが、ほかの方言ではこのような現象があるかないかを明示した記述はあまり多くはありません。
さらに、その言語体系内で1モーラ名詞の母音延長がいつ生じていつ生じないのか、といった細かい観点まで記述をしている研究はかなりすくないです。
(ので、今後いろいろな方言の調査をしていきたいなあと思っています。)

1モーラ名詞の母音延長にはまだまだわからないことが多く、どんなときに母音延長が生じるのが知りたくて、1モーラ名詞が発話されそうな雰囲気になると伸びるか伸びないかをついついワクワクしながら確認してしまうのでした。

おわり

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このnoteを読んでくださった方言研究者の方で、1モーラ名詞の母音延長がお好きな方やご興味がおありの方がいましたら、研究対象の方言で1モーラ名詞の母音延長がどんな感じか、教えていただけたら嬉しいです。(調査票はこちら

参照文献
Crowhurst, Megan (1994). Foot extrametricality and template mapping in
Cupeño. Natural Language and Linguistic Theory. Natural Language and Linguistic Theory. 12: 177-201.
Kieviet, Paulus (2017) A grammar of Rapa Nui. Berlin: Language Science Press.
窪薗晴夫(1995)『語形成と音韻構造』東京:くろしお出版.
松岡葵(2021)「福岡県柳川市方言の文法概説」九州大学,修士論文.
Overall, Simon (2007) A grammar of Aguaruna. PhD thesis, La Trobe University.
杉藤美代子・井本久美子 (1975)「大阪方言1拍語アクセントのピッチ曲線持続時間について」『樟蔭国文学』13: 80-112.


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