【1000字】2101年、流氷の旅
「旅の途中なんです」とペンギンの店長は言う。「故郷の北極を出て、南極に行こうと思い立ちまして。ほら、温暖化で氷も少なくなってますから」
「ペンギンは南極の動物じゃなかったでしたっけ」
ヒヒが指摘すると、ペンギンは笑顔のまま黙り込む。サイとゾウは声を潜めてお喋りしている。みんなが僕を見ている。それもやや非難を込めた眼差しで。
海面からクジラの子が顔を出し、「ママを返して」と叫んでまた潜る。
人間の僕は気まずい思いでクリームソーダに口をつけた。カフェは流氷の上に開かれているため、温かい飲み物はない。料理は生魚のみ。ペンギンがやっている店だから、メニューもペンギン向けなのだ。
「おっしゃる通り、ペンギンは南極の動物ですが、どういう手違いか私は北極に生まれてしまったのです。これもきっと温暖化が原因だと思うのですが」
「ご苦労なさったのですね」ヒヒが同情的に頷く。「私もね、故郷を失くしたクチですよ。いまでは漂泊の身です。このテーブルに着いている者みんながそうでしょう」
僕も同じなのだが、同意を示すのは憚られた。どんな顔で頷けばいいのかわからない。
流氷は南下するにつれ、どんどん面積を狭めている。店のテラス席はすでに海へ落ちてしまった。思いがけず店と客が一蓮托生となっているわけだが、太平洋の陽射しは意外と柔らかく、どうにも危機感が薄い。
「しかし、南極に着くまでにはこの流氷も溶けちまいますよ。途中に赤道がありますから」ペリカンが生魚を飲み込んで愉快そうに言う。「ま、私は渡り鳥なんで関係ありませんがね」
「そう、それが当面の問題ですな」ヒヒも言う。「どこかの島で筏でも拵えますか」
「すみません。温暖化さえなければこんなことにはならなかったのですが」ペンギンは頭を下げる。
「赤道と温暖化は、関係ないと思いますが……」
僕が言うと、みんなが物言いたげな顔で黙り込んだ。僕はたまらなくなってテーブルを離れる。背中にみんなの視線が刺さっている。
まるで全部、僕が悪いみたいな態度じゃないか……。
たしかに、彼らを脅かした原因が人間なのは間違いない。
でも、それは先代がやったこと。僕がやったことではない。僕だって彼らの同志なのだ。水の上で生まれ、沈んだ地上を探してさまよう種族である。
南極の氷がとうに溶けてしまったことを、教えるべきだろうか……。
流氷の端に立つ僕の前へクジラの子が顔を出し、「ママを返して」とまた叫んだ。
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