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【1000字】ソウルメイト

 終電が過ぎた新宿の街を、僕たちはあてもなくさまよう。友人は子供がやるようにして、車道の縁石の上を歩いている。酔っ払っているのかと思ったが、その横顔に酩酊の気配は見当たらない。彼の切り揃えた短い金髪と、コンバースのスニーカーが、奇妙な輪郭を伴って僕の視界に迫る。
「すごい秘密を教えようか」彼は微笑んで僕を見る。
「ぜひ知りたいね」僕も微笑む。「始発まで時間もあるし」
 ふわりと歩道に着地すると、彼は僕の頬にキスをする。驚いたが、なぜか嫌悪を感じなかった。あぁ、彼はそうなのか、と思っただけだ。マイノリティに関するテレビ番組の影響か、あるいはネットの影響か、とにかく抵抗はまったくない。意外と世間の影響を受けているのだな、と自分が微笑ましくもある。
「僕のことが好きなの?」
 時間稼ぎのつもりで僕は訊いた。すると、彼はおかしそうに首を振った。
「ずっと前から決まっていることなんだ」
「ずっと前って?」
「ずっと前は、ずっと前だよ。俺たちが生まれる前から」
 なかなかしゃれた口説き文句に思えた。
 彼はもう一度、今度は僕の唇にキスをする。二人組の女の子たちが目を見開いてそばを通り過ぎる。僕は歓喜とも羞恥とも言い難い、背反する二つの感情を抱いた。
「たしかに、すごい秘密だ」僕は顔を離して下を向く。
「ついて来て」
 彼が僕の腕を引いて歩く。ホテルが密集するエリアの方向で、僕は失望の混じった緊張を覚える。しかし、入り組んだ路地を抜けていくうち、思いがけない懐かしさに胸が疼いた。僕はこの道を知っている。僕はここに来たことがある……。

 いつの間にか、僕たちは月夜の原っぱを歩いている。足首をくすぐる草の露は冷たく、地上が洗い清められたことを象徴している。空気は煙草を吸いたくなるくらいに綺麗だ。振り返ると、新宿の街並みはもうどこにも見当たらなかった。
 そして気づくと、僕は小高い丘にひとりで立ち、月明かりに横たわる白い仔馬を見下ろしている。仔馬は金色のたてがみを淡く煌めかせながら、静かな寝息を立てて眠っている。その温かい首筋に触れた瞬間、熱い涙が溢れ、僕は崩れるようにして膝をついた。

 そうか……。
 ずっと前から、僕らは出会っていたんだね……。

 仔馬の湿った鼻先へ、僕はゆっくりと口づけする。仔馬はまだ若く頼りないその四肢に、遥かな躍動の予感を漲らせて眠り続ける。
 月光がしんしんと、無音の祝詞を与えている。




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