【1000字】閉じていく扉の一瞬の隙間に
ある夏の日にきみは自殺した。第一発見者は僕。放課後、教室の窓辺に器用に縄を引っかけて、まるで見せびらかすようにして首を吊っていた。
それからというもの、きみは僕に付き纏っている。
僕がトイレに行けば必ずきみが廊下の暗がりに佇んでいるし、風呂に入っているときも脱衣所からきみの気配が伝わる。僕、一応、男子なんだけどね。死者とはいえ、女子に生活の一部始終を覗かれるのはどうも落ち着かないな。
僕らは親しい間柄ではなかった。同級生というだけで、話したこともない。そんな相手に最初に遺体を発見されるというのは、もしかしてきみには迷惑なことだったのかも。だから、きみは僕に付き纏うのかな。逆恨みじゃん、と思うけど、まぁ、死んだ相手に言ってもしかたないね。
扉が閉まるとき、その一瞬の隙間にきみが現れる。
きみはたぶん、特定の誰かに遺体を見つけてほしかったんだろう。きみはクラスの日陰者で、友達もなく、いつも誰かの暇潰しの餌食になっていた。そのうちの誰かに、きみは命懸けの反撃をしたかったんだろう。慰めるわけじゃないけど、その試みはけっこう効果があったよ。きみの死はニュースになったし、教師も退職に追い込まれたし、きみをいじめていたやつらは学校に来れなくなった。
でも、残念ながらそれだけだ。
夏休みが明けると、きみの話題は嘘のように聞こえなくなった。あれが僕は一番びっくりしたな。あんなに騒がれたのに、いまじゃきみの名前はどこからも聞こえない。まるで最初からいなかったみたいにね。
ねぇ、地球の公転速度って知ってる? なんと時速十一万キロメートル。そんな惑星に乗っている人間も、じつはめちゃくちゃな速度で進んでいるんだよね。
僕の言いたいこと、わかるかな?
死ぬっていうのは、そこに自分を縫いつけてしまうことなんだよ。
死んだ者は一センチたりとも進めない。
生きている者は一秒たりとも留まれない。
いま、きみに話しかけられるのは僕だけだ。最初は驚いたけど、最近はもう慣れたし、愉しいときもあるよ。生きているときにこんな関係になれればよかったのにね。きみのために泣けたらいいのに、とも時々思うけど、生憎僕らは友達ではないし、顔半分だけ浮かべて睨むきみの顔は、血の気が薄くてちょっと怖すぎる。
ちょっと長話しすぎたかも。
それじゃ、僕は学校に行くよ。
留守番よろしくね。
そう告げてドアノブを放し、閉じていく扉の一瞬の隙間に、いつもきみが立っている。