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【1000字】ブラボー

 幼馴染が劇団を立ち上げたと知り、わたしは驚いた。彼女は筋金入りの恥ずかしがり屋なのだ。高校の演劇で、台詞の無い通行人役すら満足にこなせなかったほどである。そんな彼女が、あろうことか劇団を主宰するなんて俄には信じられなかった。

 公演には多くの観客が集まった。ネットでも話題になっているらしく、おおむね好意的な評価のようだ。ポスターに映る幼馴染は昔から変わらない内気な笑みで、わたしは夢を見ているような気分に陥った。
 上演時間になり、劇場の幕が上がる。舞台にはひとりの女性。幼馴染だ。彼女は聞いたこともない大声で台詞を発する。心臓を撫でられたような心地になりながら、わたしはだんだん芝居に目を奪われていく。
 物語は、男女の愛憎を巡るサスペンスドラマだ。主人公の女はある男に想いを寄せるが、彼は主人公の親友に恋をしている。主人公は親友を憎み、やがて殺意を抱くという筋書き。個性的な脇役も多く登場したが、なにより主役の鬼気迫る演技が際立っていた。いったい、彼女はどこでそんな才能を身につけたのだろう?
 最初は純粋に芝居を楽しめたが、途中からわたしは言いようのない不安に襲われた。そこで演じられているシーンに既視感があったからだ。それはわたしと幼馴染が実際に経験した、友情の終わりの物語だった。
「ありがとう。観に来てくれたのね」
 ふいに声をかけられ、思わず肩に力が入る。
 隣の席に幼馴染が微笑んで座っている。
 大人になった彼女だった。
「ステージからあなたを見つけて、あたしがどんなに嬉しかったかわかる? もう会えないと思ってたのよ」
 舞台では、親友を殺害した主人公が亡骸を抱えている。その姿はわたしの記憶の中の幼馴染そのものだ。幼さの残る顔。一方で、隣にいる幼馴染はあの頃より眼差しが強く、別人のように綺麗になっていた。
「あたしのこと、わからなかった?」幼馴染が不安げに訊く。「脇役だけど、一応出てたんだよ」
 親友が、じつは男ではなく自分を愛していたことを知り、舞台上の彼女が慟哭する。わたしの秘密が世界へ暴かれている。でも、そんなことはもうどうでもいい。もう大昔の話だ。
「ずっとあなたに謝りたかったの。ごめんなさい」
 わたしは幼馴染の震える肩を抱きしめ、赦しの言葉を連ねる。彼女も涙を流し、わたしの腹に埋まっていた古いナイフを引き抜いた。

 やがて舞台が終わり、割れんばかりの喝采が劇場を包み込んだ。





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