【1000字】身も蓋もない話
小川のほとりで少年たちが決闘している。枯枝を剣に見立て、いかにも幼いごっこ遊びだが、本人たちはいたってまじめだ。お姫様役の少女は樫の木に登って腰かけ、退屈そうにあくびをする。早く帰ってネイルを塗り直したい、と考えている。
その少女の頭上に、じつは蜂の巣がぶら下がっていることを誰も知らない。知っているのはあなただけで、だから、あなたはページをめくる手を止められない。この物語が悲劇の結末を辿るのか、喜劇として終わるのか、それともノスタルジィを呼び起こす風景のスケッチでしかないのか、まだ判断がつかない。
少年たちは、騎士というよりヴァイキングのような勇ましさで枝をぶつけ合う。「がんばれ」と少女は覇気のない声援を送る。敗北者たちが木の根元に座り込み、ちらちらと少女の素足を見上げている。
そのとき、一台のトラックがやってきて、釣り竿を携えた年老いた男が降りてくる。「魚が逃げるだろうが」と男は怒鳴る。少年たちは蜘蛛の子を散らすようにして逃げてしまう。残された少女は蒼褪め、枝葉に隠れるようにして息を殺す。
そんな彼女のうなじから、仕事を放棄した一匹の蜂が服の中に侵入する。少女は阿鼻叫喚し、老人の頭上へ真っ逆さまに落ちる。老人は首を折り、少女は頭を陥没させて死んでしまう。
現場には警察と探偵がやってくる。探偵は鹿討帽をかぶった、いかにもといった探偵だ。「これは他殺でしょう」とぼんくらな推理をするが、警察もぼんくらなので真に受ける。「きっと身の丈二メートルある男の仕業です」
ひょっとしてこの本、あまり面白くないんじゃないか、とあなたは不安に駆られる。そんなはずはない。これは今年一番売れた本なのだ。面白くないはずがない。そう思いつつも、探偵が霊能力に目覚めたあたりで、あなたはそっと本を閉じる。賢明な判断である。時間はなにより貴重なものだ。
自分が夢中になれる物語はどこにあるのだろう?
書店に行ってもそれが見つかることはない。惜しいところまで届くものはあるが、自分の心の金型にぴったりとはまるものはない。なぜなら、書店に並ぶのは例外なく他人の心の金型から生み出された物語だからだ。
あなたのために用意された物語は、本当はどこにも存在しない。
賢明なあなたはやがてそれに気づく。
自分のための物語は、自分で作るしかない。
それこそ、あなたが物語を書き続ける理由である。
身も蓋もない話だけどね。
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