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【1000字】泡沫時代

 彼女の胸に触れたとき、柔らかい膨らみの片方が、ぱちん、と音を立てて破裂した。昼休みの体育館倉庫にその音は恐ろしく大きく響き渡った。
 彼女は短く息を吸い、体を庇うようにしてうずくまる。ブラウスの背中にブラジャーの線が悩ましく浮かんだが、僕はすっかりうろたえて、行為を続けるどころではなかった。
「ごめん、こういうのはまだ早いよな」
 焦って早口に言う僕に背を向けたまま、彼女はじっと押し黙っている。
 ぱちん、とまた破裂音。
 びっくりして見ると、もう片方の膨らみが消えていた。残っていたほうも割れてしまったらしい。平らになった自分の胸を、彼女は茫然と見下ろした。
「どうしよう。まだ授業があるのに」彼女が泣きそうな顔で僕を見る。「変なことしてたって、みんなにばれちゃうよ」
 その瞬間、僕の中の狼狽は揮発し、かわりに脈打つような炎が燃え上がった。
 力任せに彼女を抱き寄せ、無防備に開かれた唇を口で塞ぐ。ぱちん、ぱちん。唇の柔らかさと、掴んだ肩の弾力が消える。「痛い」と嫌がる声に構わず、僕はスカートの中へ右手を這わせた。ぱちん。お尻の盛り上がりが失われる。それでも僕は止められない。
 ぱちん、ぱちん、ぱちん。
 腕の中から、手のひらから、指の先から、あらゆる膨らみが弾けていく。
 ぱちん、ぱちん、ぱちん。
 それなのに、僕の炎は俄然勢いを増して彼女を貪り続ける。まるで知性を奪われ、獰猛な獣に先祖返りしていくような感覚だった。

 そうしてようやく我に返ると、彼女は制服と上履きだけを残して消えていた。彼女の潤んだ瞳も、ほっそりとした首筋も、すべてが弾けたあとだった。
 やってしまった……。
 僕はいまさら蒼褪める。許しを乞おうにも、肉体の殻を失った彼女を見つけるのは至難の業だった。
 がらんとした体育館倉庫のどこかで、彼女が泣いている気配があった。
 僕は逃げるように倉庫を出て、早足で教室に戻る。席へ着くのと同時に予鈴が鳴った。彼女の友人が僕に気づき、怪訝そうな顔つきで近づいてくる。
「あの子は? 一緒だったんじゃないの?」
「さぁ」僕は目を合わせなかった。「知らないよ」
「冷たい。カレシなのに」
 それから教師がやってきて、点呼を取り始めた。当然、彼女の不在にみんなが気づく。好奇と邪推の入り混じった嫌な視線を浴びながら、僕は途方に暮れて窓の外を眺める。
 彼女はまだあそこで泣いているのだろうか。
 ご両親になんて説明すればいいのか、見当もつかなかった。




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