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【1000字】ゴッド・ブレス・ユー

 初デートの途中、彼女がくしゃみのツボに入った。間の悪いことに映画館での出来事である。くしゅん、くしゅん、と連発し、周囲の迷惑そうな視線を集めるのにたいして時間はかからなかった。
 僕は彼女を促し、追われるようにして席を立つ。その間も彼女のくしゃみは止まらない。彼女は謝ろうとしたが、なにせくしゃみのツボに入っているから会話もままならない。
 街中に出ても、くしゃみは収まるどころかひどくなる一方だ。その一発一発が、彼女の体を内側から裏返してしまいそうな勢いである。すれ違う人々が指をさして笑い、彼女はとうとう泣き出してしまう。それでもくしゃみは止まらない。僕は散々な気分で彼女の手を引いて歩き続ける。出来るだけ人のいないところを目指して。

 そして僕たちは街を離れ、郊外の山へ踏み込んでいく。
 彼女のくしゃみはいまや銅鑼のような轟音と化している。鳥たちが一斉に飛び立ち、獣たちが怯えて逃げていく。彼女の顔はもはや涙と洟水の区別もつかない混沌だ。気の毒すぎて、僕はかける言葉が見当たらなかった。
 ハイキングコースの斜面を登っていたとき、ひときわ大きなくしゃみが地面を揺らした。地滑りに僕は足を取られ、坂をごろごろ転げ落ちていく。彼女の悲鳴がくしゃみに寸断される。それが最後に聞こえた声だった。

 目を覚ますと、辺りはすでに夜だった。
 僕は土砂から這い出して周囲を見回す。どちらを向いても光が見えない。この一帯が停電していることを知ったのは、やっと最寄り駅へ辿り着いたときだった。駅員が言うには、さきほどまで激しい落雷が連発していて、発電所がやられたということだ。言うまでもなく、彼女のくしゃみだ。とうとう雷にまでなっちゃったのだ。
 自宅へ歩いて戻る途中、ポケットの中の端末が震えた。彼女からのメッセージだ。僕はひと呼吸置いてからそれを開いた。
『今日はごめんなさい。せっかくのデートだったのに』
『大丈夫』僕はスタンプ付きで返す。『くしゃみは収まった?』
 返信の代わりに、辺りがぱっと明るくなった。
 電力が復旧したのかと思ったが、どうも違うらしい。夜空を仰ぐと、星々が極彩色に輝き、小さな爆発を繰り返している。まるで宇宙の始まりのような光景だった。
 すげぇ……。
 もはや神の領域じゃん。
 僕は端末のカメラを起動し、その天体のショーを撮影する。どこかで顔を真っ赤にしているはずの彼女に、少し後ろめたさを感じながら。




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