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【1000字】から騒ぎ

 仕事を終えてアパートに帰ると、恋人たちが雁首揃えて待ち構えていた。状況を察した俺は逃走を試みるが、襟を掴まれてあえなく取り押さえられてしまう。
「最低。あなた、浮気していたのね」
 恋人たちに囲まれ、俺は必死に弁明する。
 違う、誤解だ。俺は浮気なんてしていない。一人一人と真剣に付き合っていて、軽薄な気持ちによるものではけしてないんだ。世の中には誰からも愛されない人が大勢いる。俺が持つ愛の量は人のウン倍であって、その分、恵まれない女たちに均等に与えねばならないのだ。褒められこそすれ、非難される謂れはまったくない。俺の愛を独占したければ、ここでお互いに殺し合え。残った一人を俺は愛そう。
 聞き届けられるわけないと思ったが、予想に反して恋人たちは本当に殺し合いを始めてしまう。一番愛している飼い猫のタマまでが参戦する。部屋はすでに蜂の巣を突いたような騒ぎで、どん、と隣の住民に壁を殴られた。時刻はすでに真夜中過ぎだった。
 俺は匍匐前進で部屋を脱出しようとしたが、恋人の一人に行く手を塞がれてしまった。タマの亡骸を口に咥え、目を血走らせて俺を見下ろす。
「ねぇ、ここまでしたのよ。あたしを好きだと言って」
 自分がそれほど魅力的な男だとは思わなかった。
 彼女の額に手投げナイフが刺さり、雨のような鮮血が俺を濡らす。「もうやめてくれ」とタマの亡骸を抱えて俺は絶叫する。また、どん、と壁が鳴る。殺し合いは佳境に入り、とうとう銃声まで響き渡る。
 そして、俺だけが生き残る。
 最後の二人が相打ちで果てたのだ。俺は恋人たちの亡骸に手を合わせ、「ごめんなさい」と繰り返す。「もう浮気はしません」と心に固く誓う。

 そのとき、恋人たちが息を吹き返して一斉に起き上がる。テッテレー、という陽気なSEと共に『ドッキリ大成功』の看板を持つ一団が玄関から雪崩れ込んだ。
「安心してください。ぜんぶ嘘でーす!」
 マイクを向けられ、俺は今日がエイプリルフールであることを思い出す。
「なんだよぉ」俺はへたり込み、いつものお芝居で泣きじゃくる。「マジで焦ったぁ」
 スタジオの芸人たちが爆笑し、スタッフが次のカンペを出す。
 恋人たちはカメラに微笑み、新放送のドラマを宣伝する。
 大きなさくらんぼが真っ二つに割れたかと思うと、タマが上半分を持ち上げ、腰をくねらせて踊りだす。
 青筋を浮かべた隣人が「いま何時だと思ってんだ」と怒鳴り込んでくる。







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