【1000字】星鳴り
姉様と屋根の上で星を眺めていると、そのうちの一つが青い尾を引いて、沼地のほうへと落ちてきた。鈴のような音色が夜の大気に響き渡った。
川を渡って見に行くと、潰れた葦原の中心に裸の男が眠っていた。滑らかな肌が青く燐光を放っている。星が人になったんだ、とわたしは直感した。
男は目を覚ますと、まるで乙女のように恥じらい、千切った葦の束で体を隠した。姉様はくすっと微笑み、腰巻をほどいて青年に手渡す。わたしは姉様の脚を男に見せちゃいかんと思い、急いで自分の服を姉様の腰に巻きつけた。
「どこからいらっしゃったの?」姉様が訊く。
「空から」男ははにかんで答える。「ずっと、夜を旅してきました」
翌朝、男は星の人として紹介され、村の人々にもてなされた。彼は出された料理を美味しそうに平らげた。姉様も台所に立って、上機嫌に鼻唄をうたいながらスープを作った。鼻唄なんて、ちっとも姉様らしくない。男の許に料理を届けるとき、二人が意味深長な微笑を交わしたのもわたしは気に入らなかった。
「姉様は、あの男を好きなの?」
「あの男なんて言ってはだめですよ」姉様は頬を赤らめた。「わたしは村の一員としてあの御方を歓迎しているだけです。好きではありません」
夜、みんなが寝静まったのを見計らい、姉様はこっそりと沼地へ出かけていく。そこではあの男が待っている。二人は挨拶を交わし、丘のほうへ愉しげに歩いていく。あとをつけていたわたしは、姉様に嘘をつかれたのが悔しく、憎らしくて、悲しかった。姉様なんか大嫌いだ、と寝床でひとり泣き続けた。
ある日、都から祭司の一団がやってきた。星の人の噂を聞きつけたのだ。どうやら、星の人は王女様と結婚しなければならない決まりらしい。村の人々はこの話に喜んだ。わたしなど嬉しくて「王女様ばんざい」と飛び回ったくらいである。
でも、姉様がひどくしょげているのを見て、わたしの喜びはすぐ萎んでしまった。男が村人に振りまく笑顔にもどことなく陰がある。わたしは生まれて初めての感情を味わった。悲しい御伽噺を聞いたときの、あのやりきれない気持ちにそれは似ていた。
男が都へ旅立つと、村はまた元の静けさに包まれた。
「姉様、また星を見ようよ」
その夜、わたしは姉様の寝床に潜り込んで言った。
姉様はなにも答えず、微笑んでわたしを抱きしめた。
わたしは姉様の胸の中で耳を澄ます。鈴のような音色が、その奥で鳴っている。
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