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【1000字】夢の国

 久々に実家へ戻ると、愛すべき我が家が姿を消していて、かわりに小さな遊園地が出来上がっていた。入場ゲートの前で呆然としていると、受付にいた母が僕を呼んだ。
「お父さんのせいなのよ。お家を取り壊して遊園地を作っちゃったの。昔からの夢だったんだって」母の声は非難と誇らしさが綯い交ぜになっている。「あんた、せっかくだから遊んでいきなさい」
 僕は促されるままにゲートをくぐる。休日だというのに園内は霊園のように閑散としていた。入場してすぐの位置にメリーゴーラウンドがあるが、誰も乗っていない。どこかの払い下げ品だろう、全体的に汚れていて、音楽もひび割れている。他のアトラクションもふた昔前に現役を終えたような代物ばかりだ。ジェットコースターなどは別の意味でスリリングである。
 ビックリハウスから出てきた親子とすれ違った。「つまんない」とぐずる子供の機嫌を親が必死に取っている。僕は冷汗が止まらなかった。世界中に身内の恥を晒されている気分だった。
 そのとき、風船を持ったコアラの着ぐるみが近づいてきた。歩き方で父だとわかったが、僕は気づかないふりをしようかぎりぎりまで迷った。
「どうだ、面白いだろ」着ぐるみの頭部が持ち上げられ、やはり父の顔が現れる。「老後の貯金を全部つぎ込んで作ったんだ。父さんの夢でなぁ。借金もだいぶしたが、集客すればすぐ返せるさ。実家が遊園地だなんて、お前も嬉しいだろう?」
 まぁね、と僕は眩暈を覚えながら返す。
「もっと面白いものがあるぞ」と父が手招きし、僕はおとなしくついていく。連れてこられたのは小さなゴーカート・サーキットだ。コースの舗装だけは真新しいが、肝心のカートはやはり中古品。しかも、二台しかない。おまけに客もいない。
「お前、子供の頃はこういうの好きだったろ。父さんと競争しよう!」
 僕たちはそれぞれカートに乗り込む。エンジンも年代物らしく、尋常ではない排気と騒音の割にまったくスピードが出ない。それでも前方を走る父は「どうだ、速いだろ!」とはしゃいでいた。
 ばん、と嫌な音がして父のカートが止まった。エンジンブローを起こしたらしい。僕はいたたまれない気持ちで隣にカートを寄せる。
「大丈夫、すぐ直るからな」父が額に汗を浮かべて笑った。「直ったら勝負再開だぞ」
 なぜか涙が滲み、僕は顔を逸らして頷いた。
 いつの間にか空は暮れている。「まもなく閉園時間です」と遠くで母の声がアナウンスしていた。




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