見出し画像

【1000字】楽園上空のヤーナルラコランモル

 世界一の高層ビルの屋上で、貧相な翼を生やした男が引きずられていく。翼が生えて三日目のことだ。「無理に決まってるだろ」と男は喚くが、人々は聞く耳を持たず、にこにこにやにや、善意とも悪意とも取れない笑みを浮かべている。
「あなたはほかの人と違っていると思ってたわ」と男の恋人が抱擁する。
「お前は私たちの誇りだよ」と両親が嬉し涙を流す。
「俺にも翼があったらなぁ」と友人たちが溜息をつく。「お前の初フライト、見届けてやるからな」
 そんな月並みな愁嘆場を経て、男は屋上から突き落とされる。男は自分が飛べないことを知っている。飛び方も知らないし、第一こんな羽毛に等しい翼で飛べるわけがない。遥か下の地上に向け、彼は手足を振り回しながら真っ逆さまに落下していく。

 絶叫する男の許に一羽の鳩が通りすがる。
「おや、あなた。そんな体勢では危ないですよ」鳩がぽうぽうと鳴いて言う。
 男は一縷の希望を見出だした。そうか、俺は半人半鳥だから鳥の言葉も理解できるんだ。
「度胸試しですか。お若いですね」鳩が悠長に笑う。「しかし、その体勢は危険ですよ。一度、高度を稼いだほうがよろしいかと」
「できないから困ってる!」男は必死の形相で言い返す。「どうやればいいか教えてくれ!」
「おや、ご存知ない? 珍しいですね。誰もが子供のときに学ぶはずですが」
「早く!」
「なぁに、簡単なことですよ。要は推進力なんです。前に滑っていく感じでやればよろしいんです。まずはフラプタプを開いて、次にマトマンガを立てるのです」
 フラプタプ? マトマンガ?
 説明を求めている暇はない。すでに雲を突き抜け、灰色の地上が眼前に広がっている。嵐のような焦燥の中、男は死に物狂いでもがくが、体はぐるりと回るだけで飛翔の兆しはなかった。
「フラプタプってなんだ!」
 男はたまらず叫んだが、鳩は遠くを飛ぶ仲間たちのほうに目を向けていた。
「そろそろ朝食の時間ですから、私は失敬させていただきますよ。あなたの勇敢なヤーナルラコランモルが上手くいくことを願っています」
 唖然とする男を尻目に、鳩はさっさと飛び去ってしまう。男は文字通り絶望の淵へ突き落とされる。そして、人間だった頃には上げたことのなかった金切り声を上げ、かつて暮らした楽園へと墜落していく。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?