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「ワックスつけときますね」

朝からヘアサロンに行ってきた。
先月久々にパーマをあてたのだが、同じ日にカラーをするのは髪によくないとのことで、いったん時間を空けていた。
白髪が気になっていたが、ようやく今日カラーリングしてもらうことになった。

最近嵐の中にいるかのような精神状態だったが、ヘアサロンに来ると強制的に気分が紛れてよい。
明るくておしゃべりなスタイリストさんと会話を交わしながら、髪だけでも調っていく自分を鏡で見るのは悪い気はしない。

ヘアサロンという空間は、昔から自分にとって数少ないリラックス空間である。
木枠で囲まれた大きな鏡。
手作り感あふれる壁の造作。
天井から吊るされた植物。
ヘアサロンならではのなんとも言えない香り。
チルい音楽。

中でも一番好きなのが、シャンプーの時間である。
シャンプー台のイスに座り、背もたれが倒されてゆく。
いよいよ始まるんだ。
スタイリストさんが、ほどよい温度のお湯で髪を濡らしてゆく。
この過程が実に丁寧なのだ。
指をうまく使って、髪や頭皮にお湯が行き渡らせてゆく。
シャンプーが始まると、華やかながら派手すぎない香りが鼻をくすぐる。
シャカシャカと軽やかな音を立てながら、髪が洗われてゆく。
目を閉じると、一瞬で眠りについてしまいそうになる。
いや、眠りの世界に誘われてゆく。

こめかみの近くや襟足ギリギリまで、とにかく隅々まで洗ってくれる。
かゆいところに手が届くとはまさにこのことだ。
日常感じる雑多で散らかった感情。
それらがきれいに剥ぎ取られ、洗い流されてゆく。

席に戻りドライヤーで髪を乾かしてもらう。
夏用のスースーシャンプーのおかげでとても頭が涼しい。

「何かつけときますか?」
そう聞かれ、一瞬面倒くさいからいいかと思ったものの「じゃ、お願いします」と答えた。
スタイリストさんは「今度導入する予定のワックスつけときますね」と言いながら、手にワックスをつけてセットしてくれた。

今まで使ったことのないワックスをつけてもらう。
たったそれだけのことだが、些細な「新しいこと」を取り入れることが今の自分にはとても大切だ。
年のせいとは断言できないが、新鮮味に欠ける日々を送っていると、人生が麻痺してくる。
それは気づかないうちに、ひたひたと進行してゆき、気づいた頃にはとんでもない退屈や鬱屈となってのしかかってくる。
ワックスをつけてもらうことが、ささやかな抵抗なのだ。

猛暑の中、自転車を漕いで帰宅した。
髪はすっかり乱れていた。


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