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ホワイトアウト

デスクに牛乳をこぼした。

MacBookProにMIDIキーボード、
LaunchPadX、図書館で借りた本、
筆箱、ラムネのビン、ペン立て、
ハンギョドンのぬいぐるみ、
ケーブル入れが散乱している。

その机の上に、
ネットミーティングに遅れそうで焦った男が、
コップの牛乳を親指でひっかけて倒した。

広がる白。
染みる白。
垂れる白。

電子機器と最も相性の悪いのは液体。
その中でもこぼすと気分の悪い液体、牛乳。

一瞬で脳が縮む。
ああ最悪だ。拭かなければ。

気持ちはそう思っても、
瞬時に体は動かない。

あーめんどくせえ。
なんでこうなる。
ミーティングも遅れるし、
牛乳の臭いがテーブルにつくだろうな。

一瞬だけ、広がる白を眺める時間が流れる。

違う。拭け。
電子機器の故障だけは免れなければ。
図書館の本に染みるのもナンセンスだ。

急いでティッシュを持ってきて、
号外のように撒き散らす。
着地したティッシュが白を吸い取って重みを持つ。拭う。ゴミ箱に入れる。
保ちきらなかった水分が床に垂れる。萎える。

ふと拭ったところをみると、
白くなっている。

木のテーブルだ。染みたか。
あぁ最悪。臭いつくやつだこれ。

と思ったら、その白はみるみるうちに広がっている。なぜ?拭った後なのに。

そう困惑している間にも、白は勢力を増し、
机を染めていく。

床に目を落とすと、さっき垂れた牛乳から、
白が拡大している。

おかしいと思って、拭っても取れない。
キーボードをみると、黒鍵が全くの白色に。
PCも半分白く、図書館の本の表紙もまた白い。

不可解な白の拡充に困惑しているうちに、
部屋の全てが真っ白になってしまった。

なんだこれは。
もはやこぼした牛乳の量を超えている。
コップの牛乳を壁に塗りたくったって、
こんなに白くはならないだろう。

白。無色。のようでいて、白という色。
目にチラつくのか、真っ白の空間は落ち着かない。

光源も白になってしまった。
暖かいオレンジ色の照明が気に入っているのに、やはり白だと落ち着かない。
パキッとしたような、明かりで照らしているのにワントーン暗くなるような印象だ。

こんな事例があるのかとネットで検索しようにも、キーボードも画面も真っ白だ。
なんとか文字は打てている様子だが、
表示されている画面は真っ白。
もはやPCは白い板だ。

キーボードは鍵盤が全て真っ白。
しかし位置で大体を把握しているので、
そんなに困りはしない。
そういえば斬新なデザインのものは、
白と黒が逆のものもあったっけ。

ハンギョドンのぬいぐるみは、
あの水色の体とピンク色の唇を
白に染めていた。
半魚人としてのアイデンティティを
失ったその姿はほぼオバQ。
こんなにも色に頼っていたか。

デザイン好みで買ったファッションアイテムたちは、全て純白に。素材で勝負してくる服へと早変わりだ。

冷蔵庫を開けても中は真っ白。
人参もアボカドも使いかけの肉も白。
野菜炒めを作っても美味しくなさそう。
納豆のパックもヨーグルトも牛乳も白。
それは元々白か。これだけは落ち着く。

もしやと思って机上の図書館の本を開くと、
表紙や見出しは愚か、全てのページが真っ白だ。
これでは研究ができない。

嫌な予感がして、背後の本棚を見にいく。
やっぱり。鬼滅の刃、映像研には手を出すな、伊坂幸太郎小説、芥川龍之介全集、教科書、参考書、その他全ての書物が自由帳になってしまった。

もうここまでくると天晴れである。
これまで買い溜めた漫画、雑誌、小説、
機材に食材に服。書きためたノートにその他全てが真っ白。

少し無力さを感じた自分は、
ペン立てにある恐らくマッキーであろう太さのペンで、机上の自由帳に「世界が真っ白になった。」と書いてみた。

しかしそのインクすら真っ白だ。
かけているのかわからない。
そのまま放り出して天を見上げた。


さらに無力になった。
どっと押し寄せる虚無感。
この白の世界で、
楽しめることはなんだろう。
影はあるので輪郭は見える。
叩いてみると感覚はある。
感覚を使ってできること。

味は楽しめても白色の料理は美味しくない。
見えても白。鏡も白。目玉が真っ白なのはギョッとした。

となると、残っている正常な感覚は、
触覚、聴覚、嗅覚か。

とりあえず、この状況から逃れたい。
このままでいるとパニックになってしまう。

と、知恵絞り出して行ったのが筋トレ。
最近、本当ここ数日、筋トレを始めた。
体力作りなら、できるだろう。

とおもむろに腕立て伏せをしてみる。
思った通り、ちゃんと辛い。
床も腕も全てが白いが、
色があった頃となんら変わらない辛さ。
むしろ世界が白いストレスで
より負荷が増している。

そんなことを考えては落ち着けない。
思考を停止して、
この状況に慣れなければ。
この部屋だけでこんなに
白の弊害があるんだ。
外へ出た時に泡を吹いて倒れないように、
今この環境に適応しておけ。

外へ出た時。
外?

そういえば、外は真っ白なのだろうか。
今までは部屋の中を右往左往していただけ。
外には気が向かなかった。

しかし外が真っ白だとしたら、
かなり混沌を極めているんじゃないか。
例えば信号機が真っ白なら、事故が起きかねないだろう。
赤、黄色、青なんてあったもんじゃない。
道路標識だって、速度のメーターだって、
全部が全部真っ白なんだ。

パッと思いついた信号機だけで
無数の人が苦しむ可能性がある。

これはまずい。
外は、部屋の外はどうなっているんだろう。

嫌な汗が流れる。
筋トレの汗ではないことを自覚。
自分を安定させるための腕立てを即座に止め、焦って鍵を開け、銀色のはずのドアノブを捻る。

瞬間、風が吹き込み、目に映ったのは、
隣の家の木から落ちた緑の葉っぱと、
茶色や黒のボディが並んだ自転車置き場。

なんだ。

なんだよ。
外は普通か。外には色があるのか。

よかった。誰も白で困っていない。
誰も事故には遭っていない。
いや事故に遭ってる可能性は0じゃないけど。
とにかくよかった。

というか、世界ってこんなに色があったのか。
アパートのコンクリートグレーすら、愛おしいな。
一人暮らしで新調した茶色の地味な自転車も、渋くてカッコよく見えた。

ほっとして振り返ると、
部屋にも色が戻っている。
冷蔵庫は黒くて、人参も橙色。
机は木目がシンプルな茶色で、
かかっている服は紫や緑や黒だ。

嘘だろ、幻覚だったのか。

机からは床に牛乳が滴っていて、
ポタポタ音を立てている。

そうだった、こぼしたんだった。
こんな場面で妙に冷静になって、
自然とティッシュを手に取り床と机を拭く。

なんだ。なんだったんだよ。
ふつふつと疑問が湧き上がる。

俺にだけ見えた世界だったんだろうか。
それとも何か、将来が不安すぎて、
脳がエラーを起こしたんだろうか。
色を一時的に認識出来なくなったとか?
そこまで追い詰められてたんだとしたら、
ちょっと休ませてあげないとな。

それにしても、白が怖くなるな。
こぼした牛乳の存在がもう気持ち悪い。
しばらく牛乳は止めにしよう。

というかなんでこぼしたんだっけ。
そうだ、焦ってネットミーティングに参加しようとして、、。

ネットミーティング!

そうだった。俺は遅刻しそうだったんだ。
まずい。遅刻の連絡もしていないので信頼をなくしかねない。

急いで牛乳を拭きとる。
ティッシュじゃ手に負えないので、
キッチンから布巾を持ってきて拭いた。

床を拭き終えて、「あとは机上だけだ」と、
机上に目をやると、図書館の本が開いて置いてある。

どうやら染みてはなさそうだ。
ほっとしてページを見る。
ん?何か書いてある。

『世界が真っ白になった。』

頭が真っ白になった。

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10:15起床。
柔軟。

就職ガイダンスを受ける。
なんか就職も大変だな。
職に就くというのが就職か。
俺は生きるという職があるからなあ。
既に立派に職を全うしている。
もう一つ手に職をつけるなら、
楽しいことがいい。
生きるとは苦すぎる。

昼ごはん。
他人丼。

を作っている途中に、地元の友人から電話。
演劇祭に出て欲しいらしい。
オンラインで。
その子は浜松の子なので、浜松経由で演劇するとは思わなかった。
もちろん快諾。楽しみだなあ。

そして映画を観に行った。

浅田家!
すごく良かった。
家族とは、個人に一つしかない存在で、
型にはめることはできない。
だからこそ、弱くて強くて特別で疎ましくてほっとけない存在なんだろうな。
つい写真集を買ってしまった。
映画見たらパンフレットを買ってしまうタイプ。商売にやられる。

そのあと栗平の温泉へ。
めちゃくちゃ良かった。
映画から温泉の流れは定番化するかも。

夜ご飯も食べて帰ってきた。
眠い。

20201017
〈食事〉
朝:コーンフレーク
昼:他人丼
夜:鶏肉ときのこのうどん山かけ丼セット

〈エンタメ〉
浅田家!
家事ヤロウ 炊き込みご飯
日曜チャップリン ゆりやん
鬼滅の刃 十話

頂いたサポートで、ちょっといい生活を送ります。 ハーゲンダッツ買ったりとか、鶏肉を国産にしたりとか。