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人語の一口話(86) 握っていないおにぎり

 「おぉ。おにぎり専門店か。えらい流行ってるな。ちょっと入ろうか。」

 お昼時、土地勘のない場所で、同行している大先輩から突然のご提案がありました。

 「いいですね。行きましょう。」

 微笑み返しで応えました。

 入店してテーブル席に案内された後、二人はそれぞれ二種類のおにぎりを注文しました。

 食べ始めてから少し経った頃合いに、大先輩のつぶやき声が聞こえました。

 「なんやぁ。これ、握ってないやないか・・。」

 もう一口頬張った後に続けて、「型枠で押し出した品やんか・・。」

 その後、私に向かって、はっきりした口調で言いました。

 「あかん。これは店員さんがやさしく握ってくれてるとこがイメージでけへんわ。」

 お店を出てから、私を諭すようにこう告げました。

 「ええか。ジンゴくん。僕が注文するときに何て言うたか覚えてるか?これとこれ、“二つ”くださいって言うたんよ。でもな。出てきたんは“二個”やったということ。これやったら立ち食いうどん屋さんで食べる2個200円のほうがよっぽど潔くて、しかも美味しく感じるおにぎりやと思う・・。」

 その日の大先輩は、自分が誘ったことによってこのようなことになってしまい、大変申し訳なかったと謝っているように見えました。

 「ちょっと行こ。(埋め合わせさせてくれんか・・。)」

 その日の夜は、鉄板焼き店を皮切りに、大いなる接遇を受けました。

 その時以来、私のおにぎりに対する認識が大きく変化したことは言うまでもありません。

 『握ってこそ、おにぎり』

 昭和の人によくあることなのかもしれません。

 その人のこだわりを感じさせられる一つのエピソードでございました。


   

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