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その時、僕の視線は稲垣潤一さんに向かっていなかったのです

放送作家として仕事を始めて26年。

数えきれないほどの失敗をしてきました。
『よくクビにならなかったもんだ』という失敗もあります。

そんな中で、
いまでも時々思い出しては「我ながらアレはポンコツだった」という
失敗が一つありまして、その顛末を書いていきます。

ゲストが稲垣潤一さんでした

今から20年前。
僕はTBSラジオで午後の昼ワイド番組を担当していました。
あの伝説のラガーマン・松尾雄治さんが
パーソナリティをつとめた、
ある意味 伝説の番組「松尾雄治のピテカンワイド」です。

ゲストに稲垣潤一さんがくることになり、
そのゲストパートの台本を僕が書くことになりました。

大ファンでした。

僕の出身は千葉県外房 鴨川市。
まーーー田舎です。
海と山と、ときどき田んぼ。
ホントに何もありません。

そこで聴いていたのが、稲垣潤一さんの歌でした。
ボーイスカウトで一緒になった地元の友達が
聴いていたアルバムに影響を受けて、
なけなしの小遣いで同じものを買い、聴きました。

稲垣潤一さん、11枚目のアルバム『WILL』

2曲目の『リワインド』

よく聴きました。
当時はもうCDが主流だったので、
「すりきれるまで聴く」という表現はあまり
使われなくなっていましたが、
とにかくよく聴きました。

都会へのあこがれ全部

キラキラ輝く摩天楼
恋人と傾けるワイングラス
おしゃれなキス

田舎の港町には絶対にない世界が、稲垣さんの歌には
全部詰まっていました。

まさかそんな人と、
1回こっきりのゲストとは言え、一緒に仕事をする日がくるとは!
僕は嬉しくて仕方なくて、
いつも以上に張り切って原稿を書き
生放送の当日を迎えました。

全くもりあがらなかった・・・

結論から言えば大失敗でした。
僕が書いた原稿はことごとく的を外し、
全く盛り上がらず番組は終わりました。

なぜ失敗したのか、
答えはすでにタイトルに書いてあります。

「その時、僕の視線は稲垣潤一さんに向かっていなかった」

そうなんです。
僕はその日の台本を稲垣さんの歌の歌詞をベースに
作ってしまったんです。

例えば
「この歌詞、ステキな告白シーンですね。
 こういった告白したことあるんですか?」
「この歌詞のキスシーン憧れますね。
 こういったキスされたことあるんですか?」

ある訳ねえ

そりゃそうです。
稲垣さんの歌の歌詞、その多くは天才作詞家・秋元康さん
手によるものです。
稲垣さんは、あくまで歌手として秋元さんの詩を歌っているだけ。

そこに本人の趣味・嗜好はほぼ入っていません。

だからこんな質問に答えられるわけがない。

稲垣さんの曲が好きすぎたために
くもりにくもった僕の、両まなこ。
ごめんよアシタカ。僕にはサンは救えない。

僕の視線は、稲垣さんではなく、
秋元さんが作った詩の世界に向かっていたんです。

稲垣さんは宮城県仙台市の生まれ、
そんなことすらわかっていませんでした。

ならばどうすべきだったのか

当たり前ですが、
稲垣さんのパーソナルに沿った質問を作るべきでした。

生まれ故郷・仙台のこと
(東日本大震災の時には支援ライブも行って歌で勇気を届けました)
大好きな車のこと

大好きなお酒のこと

その人の “好き” をちゃんとリサーチして
原稿を作るべきでした。
それなのに当時の僕ときたら、自分が持っているCDの歌詞カードを見ながら
自信満々に台本を作っていたんですから・・・

もう・・・穴があったら入りたい。
穴がなかったら、自分で掘ってでも入りたい。

さっき貼り付けた『リワインド』の歌詞で言うなら、
『あの日はポーズ(一時停止)せんでイイ、
 切なくて恥ずい思い出』

・・・てな感じでしょうか。

そんな痛恨の失敗でした。

以来、ゲストの “好き” を意識するようになりました

いまその人が何に夢中なのか、
どんなことに時間を割き、大事にしているのか、
そこにフォーカスを当てて
台本を作るようにしました。

ちょっとはマシなゲスト台本になったと思います。

それもこれも、
稲垣潤一さんに、さんざん迷惑をかけた “クソ台本” を書いた
おかげです。

67歳まだまだ現役!

稲垣さんは今も歌ってらっしゃいます。
5月19日のTwitterでの書き込み、ちょっと泣きそうになりました。

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『譜割は拘(こだわ)り、カッチリ歌いました。
 鬼のプロデューサーS氏からの要求がスゴく、
 歌録りに1週間掛かりました。
 本当に(笑)
 千本ノック状態の歌入れにいつまで続くの、と思ってしまいましたよ』

今も一切手を抜くことなく、
マイクの前に立ち、一(いち)ボーカリストとして勝負している。

頭が下がります。

稲垣さんは、現在 67歳。
ノムさん風に言うなら、
生涯一捕手ならぬ、“生涯一ボーカリスト”
そんな思いで歌ってらっしゃるんだろうなあ。

すげえな。

今でも稲垣さんの歌声を聴くたびに思い出す、
バカな放送作家のほろ苦い失敗話でした。









これでまた、栄養(本やマンガ)摂れます!