「センス」を磨く…
なるほど、センスとは、それぞれの内面にある感覚的なものであるのか。
ということは、センスを持たないものはいないはずだ。
だから、誰にだって「センス」を磨くことはできる。
「内面にある感覚的なもの」を磨く
では、どうやって磨くことができるのだろうか?
例えば、美術館に行くとか?
それとも…
あれ、ちょっとまって!
「どうやって磨くか?」を考える前に…
まず、自分の内面にある感覚的なものを自覚することが必要なのでは?
磨くためのセンスがあるとわかっていても、
そのセンスそのものが、どのようなものであるかを自覚できなければ、
磨くことはできないのだから。
では、どうやって自覚できるのか?
例えば、美術館に行くとか?
それとも…
あれ、ちょっとまって!
同じことに行き着いた…。
「磨く」と「自覚」はイコールなのだろうか?
難しい。
でも、「磨く」と「自覚」を同時にできると考えるのならば、
「美術館に行く」という行為はとても素敵なことだ。
今日も新しい気づきをありがとうございました。
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