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【旅行記】岩手の谷村新司と巨乳になった友人

■ はじめに

私は日本酒があまり得意ではない。

味は好きな方なのだが、妙な恐ろしさを覚えるからだ。

そうなったのには、ある2人の人間が関わっている。

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■ 東北6県、鈍行の旅

2014年のことである。

中学時代からの友人から、東北を電車で回る旅に誘われた。もともと大学の夏休み、かつ短期留学から帰ってきたばかりで暇を持て余していたので、一も二もなくその誘いに乗ることにした。

JRが発売する「北海道&東日本パス」というのをご存じだろうか。連続7日間、JR北海道、JR東日本(+一部の私鉄・第三セクター路線)が乗り放題になる周遊券だ。

貧乏学生御用達の「青春18きっぷ」と比べると地域や路線は限定されるが、
その分1日当たりの金額が安く、使える期間もちょっと長いといったメリットがある。

同行の友人は筋金入りの「鉄」である。仮にもし彼が私を殺害したとしても、西村京太郎もかくやという鉄道ダイヤの盲点を突いたアリバイトリックによって易々と捜査線上から姿を晦ますであろう。

そういう男なので、時刻表とのにらめっこはこれ幸いと彼に任せ、東北6県を鈍行でひたすら移動する旅に出た。

■ 久慈の一夜

我々は上野駅から旅を始め、東北を日本海側から太平洋側へ回り込むルートを採った。

鉄の友人は駅に泊まるたびにホームや駅舎の写真を撮りに行っていたけれど、私は初日で飽きてしまい、もっぱら本を読んだり、景色を眺めたり、取り留めもない雑談に精を出していた。

車窓から。青森か岩手の北の方

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福島→山形→秋田→青森と経て、3日目の夕方に岩手の久慈に辿り着いた。
久慈は、この旅行の1年前に放映されたNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」の舞台のモデルとなった場所である。

駅も「あまちゃん」ロケ地をアピール

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さて、作中には、「梨明日(リアス)」という喫茶店兼スナックが登場したのを覚えておいでだろうか。能年玲奈演じるヒロイン、アキの母親役で小泉今日子が切り盛りする店で、杉本哲太演じる駅長がよくウーロン茶を飲んでいた場所だ。

キョンキョンをこよなく愛する我々も、あやかってスナックに繰り出すことにした。都合の良いことに泊まった宿の向かい側にスナックがあり、既に飲み食いしてテンションの上がっていた我々は、ごく自然にその店に入った。

ママが一人で切り盛りするテーブル5つとカウンターだけの店は、スナックというより小料理屋のような和風テイストの落ち着いた風情だった。

カウンターには地元の常連らしい1人の男性客がおり、どう見ても観光客の若者が珍しかったのだろう、向こうから我々に話しかけてきた。

何の話をしたか覚えていないのだが、彼は実に気さくで人の好いおっちゃんだった。

チョビ髭がトレードマークの彼は、「俺ね、谷村新司って呼ばれてんのよ」と宣う。確かに似ていないこともないが、そもそも本物の谷村新司を熟知している自信がない。

ちなみに友人には、五木ひろしならぬ「インチキひろし」もいるらしい。

今振り返るとこんな自己紹介があるかと思ったのだが、旅と酔いのテンションのため我々は大ウケし、一瞬でニセ谷村新司と打ち解けた。

そしてカウンターのママも参入し、カラオケ大会が始まった。マイクを握ったチョビ髭の彼は、その時確かに谷村新司だった。サライとか歌ってた。しばしば生まれる時代を間違えたのではないかと思うほど昭和の歌に詳しい友人は、中島みゆきとかさだまさし歌ってた、

と思う。

思う、というのはこのニセ谷村新司が、やたら我々に酒を振舞ってくるのだ。徳利が空ききっていないにもかかわらずすぐさま次が出てくる。

途中から数の概念を失ったので正確ではないが、2人で10合は開けたと思う。そのため碌に店にいた時間の、特に後半の記憶がない。

しこたまに飲み、歌い、東北の人々のアルコール分解性能に圧倒された我々は、這うようにして宿へ帰り着いた

図らずも宿とスナックが通りを挟んで向かい側に位置していたことは僥倖だった。そうでなければ、二人ともその辺の路上で行倒れていたことだろう。

宿へ帰るや私は衛生陶器との親交を深めることに傾注した。若気の至りも極まるお恥ずかしい話だが、深酒の果てには死があるということの意味がわかった気がする。

頭痛と嘔吐感をキッチリ交換しきって部屋に戻ると、友人は布団を敷くこともせず、辛うじてシーツに包まって眠りに就いていた。ミッドウェー海戦もかくやと思わせるほどの轟沈振りであった。

夏だし風邪をひくこともなかろうと思って、そのままにして寝た

■ スマホ開いただけなのに

翌朝、足元のおぼつかない友人を背負うようにして駅へ向かい、朝7時過ぎの三陸鉄道に乗り込んだ。

三陸鉄道の整理券

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ちなみにこの時友人がホームで失踪し、必死こいて探したところ、ちゃっかり先に電車で寝息を立てていやがった。おかげで駅名物のウニ弁当を買い損ねたことは、今でもちょっぴり恨んでいる。

弁当にはありつけなかったが、リアス式海岸を間近に臨んで走る三陸鉄道の車窓の風景を眺めるうちに、頭痛も徐々に収まっていった。

車窓の風景。海が近い

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潮風に吹かれて気分もよくなった私は、旅の写真を整理しようとしてスマホを開いた。

最新のカメラロールには、巨乳を装着して熱唱する友人の写真があった。

何を言っているかわからないと思うので、このグッズを見ていただきたい。

※一応リンク先注意……いや、別にいい…のか?
すみません、自信はありませんが人によってはセンシティブに感じるかもしれないので自己責任でお願いします。

「スベリ」の概念を煮詰めたようなパーティーグッズを身に付けて、ニセ谷村新司とデュエットする友人。後で意識を取り戻した際に写真を見せたところ、全く記憶にないという。

ゴシップ誌に載るアイドルのあられもない写真もこのようにして撮られるのだろう。

戦慄した私は、私はもう一つのことに気づいた。

昨夜遅くにあった、見覚えのない携帯番号からの着信である。

掛けなおしてみると、

「おぉー、○○君(私の名前)、元気?」

ニセ谷村新司だった。全く記憶になかったが、別れ際に番号交換したらしい。

これ以来私は日本酒があまり飲めなくなった。飲みすぎると、自分が巨乳を付けた写真が流出するかもしれないと思うとなぜだか妙に怖かったからである。

■ おわりに

「お酒は楽しく、ほどほどに」という教訓を強烈に植え付けたあの旅行から6年が、そして震災から10年が経とうとしている。

津波で分断され、我々が訪れた時にはバスによる代行輸送も行われていた三陸鉄道も今年、全線が運転を再開した。復興はまだこれからとはいえ、一つの節目を迎えたといってよいだろう。

またいつか久慈のニセ谷村新司と、インチキひろしを訪ねに行こうと思う。

もちろん、件の友人を伴って。なぜなら巨乳をつけるのは彼だけで十分だから。

■ 追記

この記事を執筆中に調べたところ、「あまちゃん」のスナック梨明日のモデルになった喫茶店が久慈駅近くに実在するらしい。最初からこっちに行けばよかったんじゃないか。

スナック梨明日のモデルになった喫茶「モカ」

ここまでお読みくださりありがとうございました!

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